2007年01月22日

◆平沼ショックに考える



                  渡部亮次郎 (2007.01.20)

毎日新聞の岩見隆夫さんが1月20日のコラム「近聞遠見」で「平沼ショックを考える」と題して書いている。
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/iwami/kinbun/
及び毎日新聞 2007年1月20日 東京朝刊

<終戦の日の早朝、養父、平沼騏一郎元首相の邸が、終戦に不満を抱く一部将校に襲撃され、6歳の平沼は胸元に拳銃を突きつけられた。

「兵士が指にちょっと力を込めていれば、いま私はこの世に存在していない。政治家になっても、あの朝の情景をふと思い出すことがある」と「新国家論」にも書いている。そんな戦争体験を持つリーダーは貴重だ。早々の復帰を願っている。>と結んでいる。

この中で岩見さんはまた、

<とにかく、平沼ショックである。現職議員で病に倒れるのはつらい。引退後ならまだしも、バッジをつけたままの入院だ。戦後、首相在職中に倒れたのは、石橋湛山、池田勇人、大平正芳、小渕恵三の4人、いずれも総辞職せざるをえなかった。

中でも痛々しかったのは大平で、激しい政争のすえ、選挙演説中に不調を訴え、心筋梗塞で入院から2週間後、70歳で死去した(80年6月12日)。解剖の結果、医師団は「動脈は50代か60代前半の若さだった。

想像を超える精神的ストレスがかかったのだろう」と所見を発表した。政治家のストレスが並でないことを思わせる。>とも書いているが、これはちょっと注釈が要る。

大平さんのストレスは政敵で前任者の福田赳夫氏が加えたものではあるが、大平さん自身、実は若い頃から糖尿病を患っていながら、医者の指示を一切守らなかったため、心筋梗塞を自ら招き寄せたようなものだったのだ。たしか小渕さんも同病だったように聞いている。死因は脳梗塞。コレステロールの破片が脳を塞げば脳梗塞、心臓を塞げば心筋梗塞。

実は田中角栄氏は脳梗塞が原因で死亡したが、有名なバセドウ病(心身機能亢進症)のほかに重篤な糖尿病を抱えていた。スキャンダルのため退陣した後、直接聴いたところでは、退陣直前の血糖値は200以上もあった。それにも拘わらず、以後もオールドパーを煽り続けたのだから、医学的には脳梗塞にならない方がおかしかったのだ。


糖尿病に詳しくなったのは秘書官として仕えた外務大臣園田直(すなお)が在任最後の頃は糖尿病による腎機能低下(腎虚)で、しばしば歩行不能に陥ったからである。何度もマスコミに隠れて病院に通い、医師の説明を一緒に聞いたから詳しくなってしまったのである。

園田自身は糖尿病の合併症は目と腎臓に来た。幹事長を務めた田中六助氏も同様。衆院本会議場の演壇に立ったのはいいが、読むべき原稿の字が1字10センチ角ぐらいあったので、満堂息を呑んだものだ。やがて腎臓を悪くして逝去。園田も腎不全で死ぬ前に全盲になっていた。それでも議員を辞めなかった。

大平さんの場合は血管が若かったかもしれないが、ストレスだけで死んだわけではない。つまり罪は福田氏にだけあるのではなく、糖尿病の手当て一切を怠った大平さん自身に大半の責任があったのだ。

確かにストレスで血管から剥がれたコレステロールが心臓への血液を塞ぎ、心臓そのものが壊死したが、糖尿病の手当てをしていれば、少なくとも70で若死にすることはなかったのだ。

政治家になるという事は「敢えてストレスと対峙する」との覚悟を表明したに等しいから、その対処方針は常に持っていなければならない。いわゆる自己責任であろう。まして医師の指示にも従わないとくれば、自殺に等しい。

私の政治記者生活は1964年10月、東京オリンピックとともに病気退陣する池田勇人総理の病名を明らかにすることだった。幸い特種を掴むことが出来て以後の生活に弾みがついた。「政治記者は医学知識が無ければいけない、政権交代のない日本では病気だけが退陣に繋がるから」と心したものだ。2007.01.20

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