2013年02月12日

◆中国で進む民主化運動の現状

櫻井 よしこ


1月21日、中国の民主化運動のリーダーの1人で、北京電影学院元教授の崔衛平氏をシンクタンク「国家基本問題研究所」(国基研)に迎えた。50代後半の彼女は、政治体制の改革を求めた「08憲章」発表時の署名者303人の1人で、09年3月、プラハで開催された「“人と人”人権賞」の授賞式に劉暁波(リュウ・ギョウハ)氏と「08憲章」署名者全員を代表し
て出席した。

国際交流基金の招きで来日した崔氏との3時間にわたる意見交換は、中国で確実に力をつけつつある民主化の流れを確信させた。中国式民主化ともいえる現状を彼女は「民主化の前」の状況と表現した。

「昨年9月15日に(尖閣問題をきっかけにして)生じた反日デモは中国政府による官製デモで、中国政府は如何様にもコントロール可能だったことは否定出来ない事実です。私は一連の反日デモの後で、日中関係を冷静に考え、冷静に報道すべきだと訴え署名活動を始めました」

恰もいま日中戦争から戻ったばかりのように興奮した大群衆、と彼女が表現したデモ隊が、イオンをはじめ中国に貢献してきた日本企業の店舗や工場の多くを軒並み破壊し焼き尽した。あの反日暴動は官製だったと彼女は断言するのだ。

彼女はまた、中国政府が反日を利用するのは国内矛盾に対する市民の不満が自分たちに向かうのを回避するため、或いは共産党内の権力争いで相手方を攻撃する材料とするためではあるが、理由があっての本当の反日活動もあると指摘する。そのうえで、反日の政治利用を防ぐために民間同士の交流が必要だと強調した。

「中国には官と民の2つの世論があります。前者は伝達と宣伝です。後者は企業家や知識人の考え方です。両者間には非常に大きなギャップがあり、そのギャップの中で共産党の権威は徐々に失われています」

■『旧体制と大革命』

共産党に対する中国国民の考え方はどう変化しているのか。

「清華大学の孫立平教授を含む民間人らは、(年来中国共産党が唱えてきた)『改革』という考え方を捨て去るべきで、『転換』が必要だと主張しています」

「転換」の中には政治の転換も含まれる。そのような市民の声の高まりに中国共産党は強い危機感を抱いていると崔氏は指摘する。

「3ヵ月前に中国共産党幹部の王岐山がフランスのトクヴィルの書いた『旧体制と大革命』を読むように全党員に指示したのです」

王岐山(64)は副首相だ。党員の汚職の調査や取り締まりを担当する党中央規律検査委員会トップの書記でもある。構造改革派とされる王副首相がフランスの思想家アレクシス・ド・トクヴィルの書を全党員に読むように指示したとは大きな驚きである。崔氏が力を込めて語った。

「中国がいま、国家制度の転換点を迎えていること、共産党の政権政党としての合法性が問われていること、そのことに共産党の上から下まで全体が危機感を持ち始めていることがこのことからもわかります」

大急ぎで私も『旧体制と大革命』(小山勉訳、ちくま学芸文庫)に目を通してみた。566ページの同書は一読しただけで明解な解説を書けるようなものではない。

従って私の感じたことは的外れかもしれない。そのことを承知で敢えて推測すれば、王岐山は中国共産党を覆い尽している腐敗が示す党の未来への警告を発し、大いなる改革を促そうとしているのではないか。

同書第8章には、封建制度の欠陥・国民に害悪をもたらし、その怒りを爆発させることになる欠陥・を改めなかったフランスで革命が起きたのは驚くに値しない。

また、イギリス貴族が税負担の義務を果たし、勇気、仁慈、高潔などの徳を備えてノブレス・オブリージュとして知られる価値観を確立し、社会のリーダーとなったのに較べて、フランス貴族は公的負担や義務が免除される特権を保ち、国民から孤立した。軍隊の長であっても、実質的には兵卒なき将校となったなどと書かれている。

中国共産党はフランス貴族の轍を踏んではならないとの思いでトクヴィルを全党員に勧めたのであれば、その王氏を副首相に登用した習近平総書記は、心中、大胆な改革を目論んでいると言ってよいのだろうか。

中国共産党の危機意識が高いことは、王副首相の指示に「非常に驚いた」と語る崔氏の指摘どおりだ。では習体制が改革を目指すとして、それは実現可能なのか。

崔氏は中国は「最悪の資本主義と最悪の社会主義」の国だと明言する。2つの「最悪」の組み合わせでダイナミックに発展した中国が、トクヴィルの言うフランス型貴族社会からイギリス型貴族社会へと転換出来るかは、実は保証の限りではない。

■理性的、かつ知的な対話

「中国社会には大きな不満がありますが、それでも共産党は多くのことを成し遂げました。ただ社会の要求に追いつかなかった。毛沢東の時代は社会や国民の声は一切聞かなくてよかった。

いまは共産党が社会に近づいています。いまの中国共産党には強いリーダーはいません。自分のポストを確保するためには、彼らは社会に近づき民意を実現させていく必要があります。だからこそ、私たちは共産党の今後の状況を見守っているのです」

驚くほど率直な意見だ。しかし、崔氏の考える中国社会の転換は中国共産党を倒すことではない。「アラブの春」のように政権を倒すことは崔氏らの選択肢にはない。これは中国の現在の民主化リーダーたちに共通する考えだといってよい。

氏もその他の改革派も体制内改革派で、共産党を認める立場を崩さない。それでも私は氏の姿勢に感銘を受けた。反日教育の弊害と歴史に関する捏造の問題で、具体例として「南京事件」に話題が及んだときのことだ。

国基研側が、南京での30万人虐殺などの捏造に関しては政治宣伝ではなく、客観的資料を基に考えるべきだと指摘したとき、彼女はこう語った
のだ。

「南京大虐殺の30万人という数は、私自身も正確な統計に基づくものではないと感じます。この統計を取る上では、共産党だけではなく当時の国民党にも責任がある。共産党も国民党も、自分たちの国民に対しては一切関心を払わなかったという意味で責任があると思います」

田久保忠衛氏が指摘した。

「これまで多くの中国の方々と議論してきましたが、30万という数字が必ずしも正確ではない、共産党並びに国民党にも責任があると語ったのは崔さんが初めてです。大変勇気ある発言として感銘を受けました」

こうした理性的、かつ知的な対話が出来たことこそ、今回の討論の大きな収穫だった。中国はその社会の深層で着実に変わりつつあると実感したゆえんだ。(週刊新潮)

   <「頂門の一針」から転載>
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