2013年02月16日

◆読者に「暴走老人」と言われて

岩見 隆夫


物書きにとって、反響が割れるのは要注意である。テーマについて、当方の記述に説得力が不足しているか、偏っているか、あるいは主張の分裂がやむをえないケースか。

3回前の当コラム(744回)は、〈若宮前朝日新聞主筆に反論がある〉という表題だったが、かなりのメール、ハガキをいただいた。

〈全面的に賛成です〉というご意見もあったが、次のおハガキに注目したい。

〈「岩見隆夫のサンデー時評」は引き際の時期ではないか。かつては、自分の記者体験を回想しながらの記事に首肯(筆者注・うなずくこと)するところもあり、楽しみ?にしてもいた。しかし、お年のせいか、「暴走老人」に近づいてきたな、というのが近年の感想。

特に今回は『朝日』への対抗心もあるのか、若宮記事(私も全面賛成ではないが)の理解は的はずれも甚だしい。戦争への道を回避する必要を説いているのに、「敗戦の悲惨」を対置している。「おさらばしたあとが心配」、それは無用。害をまくことの方が心配〉

とあった。宮城県大崎市在住の祇園寺則夫さん(無職、66歳)の投書である。

744回を読んでいない方にはわかりにくいかもしれないが、〈おさらば……〉は、私がコラムの最後で、〈『毎日新聞』の川柳欄に、戦争にいけない老人ほど勇ましいという一句を発見して笑ってしまったが、高齢者は勇ましいのではなく、おさらばしたあとが心配なのである〉

と書いたことに対するものだ。おさらばする前に暴走老人に近づいているではないか、という祇園寺さんのお見立てである。

老人は当たっている(77歳)が、暴走かどうかが問題の核心と思われる。私は高齢者(65歳以上)になってから考え方が急変したのではなく、年を重ねるにつれ、日本人の呑気で他力本願的な平和思想は危なっかしい、日本だけよければという一国平和主義も次第に通用しなくなっている、という考えを強めてきた。総称すれば、平和ボケである。

憲法の条文がまるで平和のトリデのように錯覚している人がいる。平和を守るのは憲法でなく国民の意思であって、意思はいまの日本人にきちんと備わっているのだろうか。

若宮さんは戦争への道を回避する必要を説いている、と祇園寺さんが言うのはその通りだが、いまその回避法が深刻に問われている。若宮さんは日本人が侵略性のない穏健な平和愛好民族であることを国際社会に示し、他国に刺激を与えないように気を配り、外交努力をすれば、戦争は回避できるという考えのようだ。

その努力は必要だろうが、観念的、微温的な回避法であって、役に立たないとわかった時は、もはや取り返しがつかない、と私は思う。

日本は断固として日本人が守るという気概と具体的備えを示さないかぎり、〈ひよわな国〉として侮られる。侮られるほど、こわいことはない。

日本が島国であることが地政学的に有利で、侵略される可能性は極めて小さいという思い込みが、平和ボケを誘発している面もある。しかし、戦争は意外なきっかけで起きることを過去の歴史が教えているではないか。

現に西アフリカのマリではフランス軍の軍事介入が続いている。過激派勢力の拡大を恐れたマリ政府が、最新兵器を持つ旧宗主国のフランスに支援を求めたからだというが、これは小型戦争だ。

なぜフランスが、と思うが、マリの隣国ニジェールで、原発大国フランスが使用するウラン燃料の3分の1をまかなっているという事情があるかららしい。

西アフリカの不安定化を避けたいフランスの気持ちはわからないではないが、それで局地的な戦争が起きる現実に目をおおうわけにはいかない。マリだけでなく、隣国アルジェリアでも、テロ組織と政府軍の争いは「目には目を」の状態になっており、今回の日本人十人の犠牲もテロ戦争の巻き添えを食ったのだ。アルジェリア政府軍のヘリによる爆撃の犠
牲になった日本人もいたかもしれないという。それほど身近に戦争の脅威はあるということだ。

◇断固避けるべきは両方 戦争開始と負け戦と祇園寺さんは、戦争回避が大切なのに〈敗戦の悲惨〉を対置しているというが、対置ではない。まず戦争回避に万全を期すことは言うまでもないが、それでも巻き込まれた時は〈敗戦の悲惨〉だけは断固避ける、と
いう一連のものである。

戦争回避だけを考えれば事足りるというほど国際情勢は生やさしくない。
私たちは六十八年前の無条件降伏がいかに残酷な結果をもたらしたかを知っている。二度と繰り返してはならないのは、戦争の開始と、しかし万一開戦になった場合の負け戦の両方である。

祇園寺さんは1946年生まれと思われるが、その年私はまだ満洲にいて負けた国民の痛苦を味わった。痛苦だけでなく、多くの人が極寒の満洲とシベリアで死んだ。中国人にもらわれた子供も少なくなく、のちに中国残留孤児と呼ばれたが、これほど残酷な人生があるだろうか。

メールには、〈もし日本の力が弱小と判断された時、中国が尖閣諸島に上陸を強行しないと誰が保証できるのでしょうか。自分の国は自分たちで守る気概のない国を、一体誰が体を張って守ってくれるでしょうか。

日本と同盟を結んでいる米国は、それが自国の利益になるからそうしているのであって、ボランティアで日本を守っているのではありません……〉(滋賀県守山市、屋比久英夫さん)

という指摘もあったが、同感である。

私のコラムは『朝日』への対抗心も、と祇園寺さんは勘繰っているが、どうぞ問題を矮小化しないでいただきたい。老齢の身にそんな意識はみじんもなく、論者が『読売』『産経』『毎日』の方でもまったく同じことである。
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(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)

<「頂門の一針」から転載>
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