2007年02月03日
◆巴里だより・「水のある風景」
岩本宏紀 (在仏)
巴里人はあまりスポーツ熱心ではないが、散歩する人はよく見かける。歩いても退屈しない街だからだろうか。
久しぶりに晴れた日曜日、アパルトマンの外壁(がいへき)に描(か)かれた絵を探すために街に出た。窓の絵が多く、ほんものだと勘違いしてしまうほどうまく描かれているものがある。それを写真に撮ろうと思ったのだ。これまでにいろんな所で見たことがある。しかしおかしなもので、いざそれを探すとなるとなかなか見つからない。記憶の頼りなさにがっかりした。
頭を切換えて散歩することにした。巴里で一番古い「ボージュ広場」では室内楽の野外演奏を聴くことができた。また初めて行った丘の上の「公園、ビュット・ドゥ・ショモン」は穴場だった。日曜日のせいか記念撮影をする新婚さんが3組もいた。池あり坂あり、頂上の東屋(あずまや)からは西陽(にしび)があたるモンマルトルの「サクレクール寺院」が正面に見える。
坂を下ると「サンマルタン運河」に出る。小学校の社会の時間、パナマ運河の説明で大笑いになった閘門(こうもん)式運河。サンマルタンがそれである。
水門によっていくつかのプールに区切ってあり、それぞれのプールの水位が変えられる、謂(い)わば階段式運河だ。船が第1プールに入ると水を入れる。第2プールと同じ水位になったら水門を開いて船は第2プールに移動する。今度は第2プールに水を入れ、第3プールと同じ水位になったら水門を開いて第3プールに移動。
こうやって船は水の階段を登っていく。誰が考えたのか知らないが、世の中にはえらい人がいるものだと感心したのを覚えている。
ここではその仕組みをすぐ目の前で見ることができる。けれどもぼくがサンマルタン運河が好きなのはそのためではなく、階段になった歩行者専用の橋とそれを渡るひと、あるいはそこに佇(たたず)むひとの趣(おもむき)のせいだ。
運河の両側はくるまがびゅんびゅん走っているのに、流れない水面と橋の上は静寂そのものだ。欄干(らんかん)に凭(もた)れてぼんやり運河を眺めるひと、木でできた床に座り込んで話す2人連れ。水はまちを変え、ひとを和ませる。
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