平井 修一
辛い料理が好きだ。好きだけれど、孫がいるときは唐辛子やショウガ、胡椒などを使った料理は作れず、ストレスがたまる。カレーも今では大人用の激辛と孫用の甘口のふたつを作るようにしている。面倒である。
涙と鼻汁、咳が出るほど「うわー、辛いなあ!」という料理に出合ったのは小学3年生か4年生、昭和35年(1960)のころだったろう。大人に連れられて行ったレストランのカレーが最初だった。多分、隣町の駅前レストランだったかもしれない。ショックだった。あるサイトから――
<わさび、唐辛子など補添的に辛味を付けることはありますが、外国のように料理自体が辛いものはあまり見ませんね。日本人は「旨み」を重んじます。西洋人は旨み自体を感じ取れないそうです。
日本の食品にはヨーロッパの食品に比べ、アミノ酸の量が少ないため、アミノ酸を取るために旨みの感覚が発達しているそうです。そのため、辛いという感覚があると旨みを感じられず、あまり好まれなかったようです>
ショウガ、辛子などを含めて辛いものを多用した日本料理はほとんどない。七色唐辛子を含めた香辛料はトッピングとしては江戸時代から普及したが、辛い料理それ自体が普及したのはここ半世紀ぐらいではないか。1964年の海外旅行自由化で日本人が世界の辛い料理を知ったことが影響しているだろう。
カレー製品には、その辛さの強弱を示す辛味順位が表示されているが、この辛味順位表は、ハウス食品が業界に先駆けて1972年(昭和47年)からカレールウ、レトルトカレーのパッケージに表示を始めたものだという。現在、各カレーメーカーでも同様の辛味順位がパッケージに記載されるようになっている。
その頃から日本人は辛味料理に目覚めたのだろう。白菜キムチや辛子明太子、辛子高菜なども普及していった。
辛味料理の普及には横浜中華街の影響も大きかったろう。1866年(慶応2年)の横浜新田慰留地から数えると150年弱の歴史をもつが、中華料理街として現在のような発展を始めたのは1955年(昭和30年)以降で、現在は0.2平方キロのエリア内に500店以上の店舗があり、日本最大かつ東アジア最大の中華街である。日本では神戸南京町や長崎新地中華街とともに三大中華街とされている。
中華料理のなかでも、四川料理では唐辛子が多く含まれている「豆板醤(トウバンジャン)」がふんだんに使われ、メニューの多くが辛い。この豆板醤の普及が日本での辛味料理の普及を大いに促進したのではないか。
小生は豆板醤を野菜炒めや鍋料理、カレーにも愛用している。使いすぎるとお腹の調子が悪くなるが、カミサンも好んでいる。孫がいるとこれを使えないのでちょっとストレスになるが、いないときは遠慮なく利用できる。明日の昼食は辛いラーメンにしよう。
<「頂門の一針」から転載>