2007年02月21日

◆<巴里だより>

「パリから想う宮島の大鳥居」

                     岩本宏紀(在仏)  

広島県にはユネスコが指定した世界遺産がふたつある。原爆ドームと宮島だ。県庁に勤めるいとこによると、日本では広島だけだそうだ。

ぼくの実家はその宮島の北、20Km。幼稚園のころから何度も行ったが、不思議と感動した記憶がない。

2006年末パリから帰省した時、雑誌「和楽」(わらく)の記事を読んではっとした。それは、厳島神社から大鳥居を眺めたときに、その向うに見える対岸の景色が、この神社の庭の一部になるよう設計されているのではないか、という解説だ。

ご存知のように、宮島という小さな島は本土から連絡線で15分くらいの距離にある。

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その本土側の干潟に、厳島神社と大鳥居が造られている。満潮になると海水は神社の床下まで入り、大鳥居は海のなかに立っている状態になる。

いつも本土側から船で宮島に渡るので、海から神社を見るのがぼくには当たり前になっていた。対岸の山々を神社の庭園に見立てるとは、何と言う壮大な構想だ。

この解説を検証すべく、年末の或る日後益子(ましこ)から弟と一緒に、出不精のおふくろを誘って早速宮島へ行った。海のなかの大鳥居を久々に見て、ぼくの胸は高鳴った。

重厚な朱色、空に向かって凛と反った線の力強さ。横綱の土俵入りを連想させる。今の後ろに見えるは対岸の山々は、まさに厳島神社の雄大な庭園だ。

今でこそ沿岸にビルが立ち並んでいるが、神社が建立された平安時代には、完璧に自然の築山(つきやま)であったに違いない。

日本の庭といえば、狭い空間に大きな自然を写し取ったもの、いわば盆栽のような庭園と思い込んでいた。ところが「ベルサイユ」にも負けない大きな庭が、パリから遠く離れた自分の故郷にあることを知り、改めて感激の渦が心の奥底に広がった。

雪混じりの冷たい風に震えた半日だったが、ふるさとの誇りを見つけた充実感で一杯になったことを、今パリから実感している。火鉢で暖を取りながらいただいた、焼きたての「もみじ饅頭」もまた格別で忘れられない。(2007年2月18日)


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