2013年03月14日

◆手布を拾えぬカースト

渡部 亮次郎


昔、英会話の先生(NYの若い女性)が「インドだけは2度と行きたくない。なんだか国中が臭いし、カーストが特に嫌い」と言っていた。ホテルの玄関でハンカチを落しても、ボーイは拾ってくれない。拾っちゃいけないカーストに属しているからだという。

<列車に乗っているときなど、空いている席に座ろうとした人を隣のインド人が手厳しく怒鳴りつけ追い払う場面や、僕らに向かって彼らの悪口を言うような場面に出くわした。僕らは、「あゝ、これがカーストという奴だな。」と思った。

僕らは、その程度しかカーストを実感する出来事に出会わなかったが、実際には様々な形でカーストが深い根をおろしているようだ。表向きは身分差別を否定しているが、カーストは人々の生活に密着しすぎている。

自分はバラモンの家系の出だと誇らしげにしゃべる人もいる。ホテルの従業員に汚いから掃除してくれといったら「自分のジャーティーではないから」と断られたとか、下位カーストの人を伴ってレストランに入ったら入場を断られたなどというのはよく聞く話だ>。
http://asia.papara.net/topics/caste.html

一種、被差別階級。最低のカーストは、乞食(こじき)の下着を洗濯するカーストだと同僚は言うが本当だろうか。私は両極とインドは訪問した事は無い。

カースト Caste インドに古くから伝わる社会制度。個々人の階級を規定すると同時に、携わるべき職業をはじめ、結婚その他さまざまな社会生活のありようを決定する。子は親のカーストを必ず継承していくため、世代を超えて受け継がれることになる。

もともとインドではジャーティ(「生まれが同じ者」の意)という語で呼ばれているが、16世紀にインドにやってきたポルトガル人が、これに母国語のカスタcasta(階級、血筋)という語をあてたため、カーストとも称されるようになった。

日本では一般に、カーストといえば、大きな4つの階級区分(4種姓)が想起されがちだが、これはカーストと密接な関係にあるものの、正確にはバルナというべきものである。

バルナvarna(本来は「色」の意)は、紀元前1500年ごろ、インド・ヨーロッパ語を話す遊牧民、いわゆるインド・アーリヤ人が北方からインドへ進入し、やがて農耕社会を築き上げた頃に成立した。

インドの聖典文学によれば、アーリヤ人のバラモン教(ヒンドゥー教)司祭が社会を4つの階層に分けたとされている。前200年〜後300年のある時期にアーリヤ人の司祭・律法者がマヌ法典を編纂した。

その中で世襲制の4つの階級区分を規定し、司祭階級自らをその最上位においてブラフマン(バラモン)と称した。2番目に王侯・武士のクシャトリヤ、3番目に農民や牧夫、商人のバイシャ、4番目に3つの階級、とくにブラフマンに隷属するシュードラをおいた(のちに農民や牧夫はシュードラに移される)。

さらにその下、社会の枠組みのまったく外(アウトカースト)に、不浄な人々とみなす不可触民(アンタッチャブル)を設け、下賎とされる職業につかせた。

こうしてアーリヤ人の農耕社会のシステムにおさまらなかった先住部族民が不可触民とされたが、その後、ヒンドゥー教の戒律を犯したり、社会の掟にそむいて4つの階級から締め出された者もこれに加えられていく。

こうして司祭が作ったバルナの制度は、ヒンドゥー教の戒律と切り離せないものとなり、神の啓示によって造られたという大義名分のもとに、延々と存続してきたのである。

バルナを大きな枠としながら、実際の社会で機能しているのがカーストである。1つの村に司祭、銀細工、大工、床屋、羊飼い、仕立て屋、洗たく屋、汚れもの清掃、乞食といった種々さまざまな職をもつカーストが、10〜30程度あり、それぞれが村の中で近隣に集まって暮らしている。

カーストの数は、インド全体で2000〜3000あるといわれている。このカーストは、上に記したバルナの、不可触民も含めた5つの階級のいずれかに属している。

カーストは、地縁、血縁、職能が密接にからみあった排他的な集団で、その成員の結婚や職業、食事にいたるまでを厳しく規制し、また自治の機能ももっている。

結婚の規制は、個々のカーストの結束を強める上で、またカースト制度全体を維持強化するうえで、特に大きな意味をもっている。

カーストのメンバーは、自分と同じカーストの相手を選ばなければならず( 内婚)、しかし、同時に自分と同一のカースト「集団」のメンバーとは結婚できない。また、男性が自分より下のカーストの女性と結婚することはある程度許容されるが、その逆はタブーとされている。

食事に関する規制は地域差が大きい。しかし一般に、他のカーストのメンバーと食事を共にしたり、下のカーストの者から飲食物の提供を受けることができないといった規制や、とくに上位カーストに厳しい、肉食の制限もある。

普通、カースト名から職業が分かるほど、カーストが特定の職業とむすびついていることが多い。しかもカーストが親から子へ継がれていく以上、原則として子は親の職業を代々継いでいくことになる。

カーストと職業の密接な関係はとくに職人カーストに顕著にみられるが、いっぽう同じカーストに属しながら、別々の職業にたずさわる例もめずらしくない。また、各カースト間の社会的・経済的な互助的関係が、近代化の波に洗われて崩れはじめた今日では、カーストと職業の関係は薄まりつつある。

カーストは、インドの社会の安定要因として機能してきた一面はあるが、一方で近代化を妨げる要因にもなっており、今日ではカースト間の障壁が次第に取り除かれようとする方向にある。

イギリスがインドを植民地支配していた時代に、カースト制度の規制はかなり大きく緩和された。さらに第2次世界大戦後の1947年、インドの独立とともに、憲法でカースト差別は禁止され、49年の議会で不可触民制の廃止も宣言された。

その間、不可触民の解放を強く主張してインド社会に大きな影響力をもった人に、ガンディーと政治家・社会運動家のアンベードカルがいる。

ガンディーは、不可触民にハリジャン(神の子)の名を与えた(今日では、不可触民は公式には指定カーストとよばれている)。しかし、そうした動きにも拘わらず、地方と都市の差はあるにしろ、今なおカーストは日常生活の面で強固に生き続けているのが実態である。

Microsoft(R) Encarta(R) 2006. (C) 1993-2005 Microsoft Corporation.
All rights reserved.

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック