2007年02月27日

◆今年は昭和82年

                      渡部亮次郎

2007年は昭和に仮にすると何年になるか。2007−1925=82即ち「昭和82年」なのである。昭和を西暦に換算するとき昭和に1925を足した数字が西暦になっていたから。昭和20年足す1925イコール1945年とした。

その1945年に我々日本人はアメリカ始め連合軍に敗戦し、占領された。秋田県にもアメリカ軍がやって来た。出迎えた蓮池知事が指揮者に握手を求めたら、拒否され、強く払われた、と旧制県立秋田中学に通っていた兄から聞かされた。

「握手というのはお前、目上の人が先に目下の者に出すものなんだそうだ、蓮池さんは帝国大学を出ても握手の礼儀を知らなかったんだろうな」。

さらに2年後、中学に入り、民主主義と英語の勉強が始まったが、英語を教えられる先生が居ない。昭和16(1941)年のアメリカ侵攻とともに英語を敵国語として使用を禁止してきたのだから当然である。

苦し紛れに「花の3月マーチましょう」「辞典はジヒクショナリー」なんかを連発しても授業にはなりはしない。当然、高校入試に英語は無かったが、すでに県庁所在地では英語スピーチ・コンクールが行われていて、その優勝者の女性が同級生になって顔色を失った。

アメリカ軍は1941年の開戦をきっかけに陸軍、海軍ともに日本語学校を充実させた。ノーベル賞作家川端康成の作品を英語に翻訳して
授賞式にも同席したメリカ人サイデン・ステッカーさんは海軍日本語学校の卒業生である。

<エドワード・サイデンステッカー(Edward G. Seidensticker, 1921年2月11日- )は、日本文学作品の翻訳を通して、日本の文化を広く紹介したアメリカ人。より正確には「サイデンスティッカー」だが、親しみをこめて「サイデンさん」などと呼ばれる。

第2次世界大戦後、日本に滞在して外交の仕事に携わる傍ら、東京大学に籍を置いて吉田精一のもとで日本文学を勉強した。その時の友人が直木賞作家の高橋治。


日本語に熟達して評論活動を行ったが、1962年からスタンフォード大学に奉職、のちコロンビア大学教授として日本文学を講じ、アンソニー・チェンバースのような後進を育てた。

また谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫ら日本の文学作品を英訳し、アーサー・ウェイリーに続く2度目の『源氏物語』の英語完訳も行った。

多くの外国人日本研究家と違い、日本の良くないところも率直に言うため、変人扱いする人もいるが、きわめて誠実な人柄である。>出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

長じてNHKの政治記者になったせいで評論家加瀬英明氏を通じてサイデンさんや社会人類学者にしてコロンビア大学教授のハーバート・パッシンさんとも知り合いになったが、パッシンさんは陸軍日本語学校の卒業生だった。

日本がアメリカとの戦争をきっかけに英語の使用を全面的に禁じたのに反してアメリカでは、改めて日本語教育を本格的に始めている。パッシンさんは「日本人捕虜を取り調べるには・・・ネ」と言葉を濁したが、とにかく精神力でしか戦えなかった日本の貧困を感じる話では無いか。

先輩NHKの記者1期生には敗戦時、米軍の捕虜体験者もいたが、外国特派員志望者は少なかった。外国語教育がまだ浸透していなかったことに加え、特派員でマスコミの会長や社長になれる人はいないから、というのが本音だったように思う。

それでも本土復帰前の沖縄へ派遣されたことがある。初の主席公選を取材するためだったが、米軍に取材パスを申請に行ったら私の名前は「ワラナベ」であること、大和人の瞳はブラウン、沖縄人は黒だと知らされた。

41歳のときNHKを途中退職して福田内閣の園田直官房長官の秘書官に就任すべく家を出たが、総理官邸に到着したら、園田さんは内閣改造で外務大臣に横滑り。私も突然、あろうことか、入ったことも無い外務省の大臣秘書官ということになってしまった。


NHKには実はフランス語で入社。英語は翻訳はともかく、会話はゼロ。通算3年在職したが外務省で英語を使えないという事は恥ずかしいことだった。それで退官してから英語を猛勉強。

アメリカを独りで旅行できるほどの会話が出来るようになったのは50歳ごろからだった。3年ほどアメリカ人女性の個人レッスンを週1回、3年間受けた結果だった。

無理に喋った英語だからアメリカ訛。英国では通じないだろう。経験から反省するところは多い。中年になってから覚えた英語だから単語をすぐ忘れる。しかし高校のときに無理に覚えさせられた単語や文法が結局役立っていることをつくづく思う。

脳味噌の柔らかいときこそ詰め込まなくてはいけないと思う。又、失敗を怖れないこと。失敗した時の失敗はよく記憶されるから、失敗の多い方が良い、と思ったりする。

アメリカ留学帰り同士は仲が悪い。英会話の失敗を見抜かれるのが怖いから仲良しになれないのかな、と思ったりする。そんなことでは英会話は上達しない。若い人たちにこのことを知ってもらえば、彼らは英語にもっと興味を持つかもしれない。2007.02.26

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