2007年02月28日

◆福岡高校先輩のバリトン歌手

                        毛馬一三

メルマガ「頂門の一針」主宰者の渡部亮次郎氏が、2月23日付同メルマガ721号に「監査役は有名歌手」という玉稿を掲載された。NHK政治記者の先輩であり、優れた文筆家、指折りの政治評論家だけに同氏を「師匠」と仰いでいる私だが、実は同「玉稿」を拝読した瞬間、大きな衝撃に駆られたのだ。

まず同氏の「玉稿」の文頭から紹介させて頂くと、こうである。
<日本の演歌をドイツ唱法やベルカント唱法で歌うのは悪趣味であり、「分類すればゲテモノ」だと2006年11月10日の我がメイルマガジン「頂門の一針」に書き、月刊誌「カレント」にも書いた。

それを、どこかで読んで下った74歳のバリトン歌手山本健二さんから「同感だ」と言うメッセイジを副えて、2006年収録の、ご自身のCDを送ってきて下さった。「落葉松!)」と題して「浜辺の歌」「椰子の実」「城ヶ島の雨」「初恋」など日本の唱歌、童謡16曲をピアノ伴奏で謳いあげたものだ。

既に74歳。自身の経験からすれば、声帯はかなり衰えているだろう、大会社の監査役まで上り詰めた男の「物好き」だろうとタカを括って聴いたら、大変!突然、居住まいを正す破目になった。素晴らしいの一語に尽きる>。

私が更に身を固くしたのは、渡部氏が山本健二さんのホームページhttp://bariken.comを引用しながら、山本さんを紹介した下記の記述だった。

<バリトン歌手山本健二さんのコンクール歴は、第35回NHK・毎日音楽コンクール (現・日本音楽コンクール) 声楽部門入選、第3回新波の会日本歌曲コンクール歌唱部門第1位、並びに荻野綾子賞受賞、朝日新聞社主催西日本高校独唱コンクール (現・全日本高等学校声楽コンクール) 第2位、NHK洋楽オーディション合格。ニコラ・ルッチ、ロドルフォ・リッチ、中山悌一の各氏に師事。特に中山悌一氏には16年歌唱の基本を学ぶ。という輝かしい経歴の持ち主。

山本健二さんは、 1933年(昭和8年1月) 釜山府(韓国)に生まれる 。1945年(昭和20年) 釜山中学1年のとき終戦により福岡に引き揚げ同年旧制の県立福岡中学へ編入、そのまま新制福岡高校へと進学。 昭和26 (1951)年福岡高校を卒業。早稲田大学に進学>。
何と山本さんが、私の母校・福岡高校の6年先輩だったのだ。そんな有名なバリトン歌手山本健二さんが福高出身であることを、全く知らなかった。

私は興奮を抑えることが出来ず、「頂門の一針」主宰の渡部亮次郎氏に下記の「拙文」送ったところ、それを同メルマガ723号の「反響」欄に掲載して頂いた。

<玉稿「監査役は有名歌手」を拝読しましてビックリしました。74歳のバリトン歌手山本健二さんは、実は小生の出身校「福岡高校」の先輩だったのです。また山本さんが音楽への恩人とされる音楽の江口先生につきましても、我々の卒業式の時にピアノ演奏して下さった「別れの曲」が、余りにも叙情感溢れるもので思わず胸をつまらせたのを、今日の事のように思い出します。

山本先輩がホームページで指摘しておられる、「日本の童謡・唱歌・抒情歌には、なにか"もののあわれ"を感じさせるものがある、"もののあわれ"を感ずれば人に対し或いは自然に対しやさしくなるだろう、日本人の奥底にある祖先から受け継いだやさしさの感性を目覚めさせるものとして『日本の歌大好きな人の輪』を広げようという活動を始めた」という言葉に感動を禁じえません。

日本の唱歌、童謡は私たち夫婦共々大好きです。言葉の情感にふれる歌唱をモットーに、日本の叙情歌を中心に収録された「山本健二歌唱アルバム」全21集(319曲)のCDを、早速手元に揃えたいと思います。 福岡の母校にこのような方がおられるという感動が脳裏を駆け巡り、興奮させられました。有難うございました>。  

ところで当の福岡高校は、旧制福岡中学から新制福岡高校になったもので、今もそうだが同じ福岡市内にある修猷館高校と常に競い合う進学校である。修猷館高が、黒田藩の藩校としての伝統を誇る名門高であるのに対し、福高はいわゆる博多どんたくや博多織などで賑う博多商人の街・博多地区を地盤とする伝統校だ。

両校とも、地元九州大学への進学率を競い合うライバル校同士で、今は分からないが当時は、九大入試を想定した授業が繰り広げ抜群の効果をあげていた。しかし中央官庁、ジャーナリスト、弁護士、大手企業など東京を目標とする“異端グループ”は、この学風に反発、独自に励んだ。これが勢い同校全体の実績を高めることに繋がった。恐らく江口保之先生から音楽の楽しさを教わった山本健二先輩も、察するに私たちと同じ“異端グループ”だったのだろう。

<私の今日あるのは、両親を含めた多くのご先祖様から頂いた体と感性、江口保之先生との出会い、更に多くの方々との出会いとご支援によるもので感謝の念でいっぱいだ>。 
山本健二さんは自分のホームページでそう綴っておられる。やはり九州では咲かせられない「感性の夢」を、早稲田大学に進学することで果たそうとされた方であろうことは想像に難くない。 

確かに福岡高校は九州でも指折りの素晴らしい学び舎だが、残念ながらこんな優れた声楽家を輩出する土壌は、まず無いといっても過言ではない。福岡市天神の現役の後輩弁護士ら地元で活躍する同窓生や関西にいる幾人かの同級生に山本健二さんの存在を尋ねてみた。が、不覚にも私同様山本さんを知っている者はいなかった。

音楽とは無縁の学び舎だったことが、山本さんの存在と福岡高校との結びつきを希薄にしていたのだ。それだけに渡部亮次郎氏の今度の「玉稿」が、忘れがちだった郷土福岡高の郷愁を心の底から体感させ、かつ山本健二さんの存在を初めて教えて頂く貴重なきっかけになっただけに、感謝の言葉も無い。  2007.02.28

〔連絡先)
ヤマモト音楽事務所
yama@bariken.com
103-0013東京都中央区日本橋人形町1-13-9-1002
電話:03-3664-0228 Fax:03-5649-8466


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