2013年03月22日

◆プロメテウスは今なにを思うか

石岡 荘十


いうまでもなくプロメテウスはギリシャ悲劇に登場する火の神。天界にあった火を人類にもたらしたことで主神ゼウスの怒りを買って山に縛り付けられ、日々、鷲に肝臓を食い荒らされるという責め苦に遭う。

しかし肝臓は夜間にしぶとく再生し、プロメテウスは生き延びたとされる。原発災害を聞いたときすぐ思い出したのがこのプロメテウスの神話である。原発が世に出たころ、「プロメテウスの第二の火」と呼ばれていたからだ。

火が人類にもたらした利益は測り知れない。が、その一方で、人類に甚大な災禍をもたらした歴史的事実もまた否定することは出来ない。

にもかかわらず、ヒトの存在は最早、火を抜きに考えることは出来ない。他の動物との違いヒトのヒトたる所以は火を使いこなす動物だということだ。人類の歴史はプロメテウスがもたらした果実の歴史だったとも言えるだろう。

時代はずっと下ってダイナマイトが発明される。1866年のことだ。ダイナマイトがもたらした禍福もまた、火に劣らないどころか、その禍のスケールは火の比ではない。

ノーベル賞は発明者アルフレッド・ノーベルはダイナマイトがもたらした禍を償うことにあった、と昔習った。発明者は自爆テロを想像もしなかっただろう。

ついでに言うと、航空機や自動車という「文明の利器」の事故が原因となった世界中の犠牲者は、数え切れない。その禍はいまだとどまるところを知らない。それでも、人類は、その利便性に目がくらんで、手放すことが出来ないでいる。

そこで、原子力である。

西側で初めての商用原子力発電所を作ったのはイギリスである。1956年のことだった。以来、世界31カ国で435基が稼動中だ。計画中のものを併せると500基を超える。

この間、スリーマイルやチェルノブイリなどで世界を震撼させるような放射線漏れの大事故を起こしているが、今回の福島原発事故はそれに劣らない衝撃を世界に与えている。

そこでこれを機に、原発なんか要らないという反原発世論が日本だけではなく世界中で巻き起こっている。しかし、冷静に振返ると、火、ダイナマイト、航空機事故、自動車事故の犠牲者に較べ、まだ核による犠牲者それほど多くない。ヒロシマ、ナガサキの犠牲者を、核の犠牲者だと考えても、である。

東電も政府も安全対策の前提が甘かったと認めている。特に津波について、福島原発はチリ地震津波(1960年)のマグニチュード8,5を最大と想定しての安全対策だったことが問題だった。

その意味で「想定外」だった、と。貞観地震(869年)にでも耐えられる高いハードルを前提で福島原発が作られていたら反・脱原発の世論は起きなかっただろう。

原発の事故対応に国内外が一喜一憂しているが、ここを切り抜けることが出来れば、その功罪、得失、教訓を併せた反面教師としての原発事故安全対策のジャパンモデルケースとして標準化される時代が来るかもし
れない。

人類が火を手にしたのはギリシャ神話の時代、自動車が出現して二百数十年、ライト兄弟が飛行機を飛ばして100年以上。この間のさまざまな安全対策にもかかわらず犠牲者は絶えない。

犠牲者の数だけでその安全性を議論するなら、航空機も自動車も廃絶しようという世論が盛り上がらないのは不思議なことである。「プロメテウスの第二の火」が実用化されてわずか半世紀余り。

プロメテウスならいま原発の未来の存亡をどう占うだろうか。こう言うかもしれない。

「人類はまだ新しい火の扱いに慣れていないだけだ」と。

人類は、脳細胞に刻み込まれた甘い果実の記憶を容易には消し去ることは出来ない。朝日と毎日は脱原発の方向に舵を切ったようだが、核武装はともかく日本が原発を放棄・廃絶することはありえないと思う。(再掲)
              
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