2013年04月04日

◆共産中国何時まで保(も)つか

渡部 亮次郎


共に評論家の加瀬英明氏と宮崎正弘氏が共産中国の近い将来を懸念している。肝腎中国国内でも習近平主席の恩師が「共産党はせいぜい5年」と発言して反響をよんでいる。一体、共産中国はいつまで保(も)つのだろうか。

加瀬さんは「全体主義国家がオリンピックを開催すれば、その大体10年後に国家の崩壊を招くのは歴史的事実だ」とかねて指摘している。

加瀬説によればナチス・ドイツは1936(昭和11)年にヒトラー総統指導の下、ベルリン・オリンピックを開催下が、9年後の1945年に崩壊した。

またソヴィエト連邦はモスクワ・オリンピックを1980年7月に主催したが11年後の1991年12月25日にソビエト連邦(ソ連)大統領ミハイル・ゴルバチョフが辞任し、これを受けて各連邦構成共和国が主権国家として独立したことに伴い、ソビエト連邦が解体された。

一方、今や中国ウオッチャーとしては当代一流たる宮崎氏は就任したばかりの習近平主席(任期10年)を「ラスト・エンペラー」と評してはばからない。

所得格差の拡大の収まらない国家、構造的汚職の絶えない国家が発展したためしがないとするヒラリー・クリントン前米国務長官の発言を踏まえたものだ。

私が中国を初訪問したのは1972年。日中国交正常化のための田中角栄首相に同行取材するためだった。その時は文化大革命こそ下火に名って掃いたが、共産党革命の最大指導者毛沢東はまだ存命中。

走資派トウ小平は失脚中。中国全体は極めて貧しかった。


それから6年後、1978年8月に日中平和友好条約の締結交渉に外務大臣秘書官として同行したときは。共産党主席こそ華国鋒だったが、
中心を握っていたのは復帰を果たしていたトウ小平。間もなく条約の批准書交換のために初来日。帰国後「改革開放路線」を定着させた。

これは経済発展のために「開放」により日本を初め外国資本の導入を促し「経済は資本主義」化するが政治は依然共産党」主導というものだった。かくて「共産主義」とは相容れないはずの収入の格差拡大と汚職の蔓延に留めがかからなくなってしまった。

これは「矛盾」を正当化するからである。

もともと資本主義こそは「自由」と成長が原則である。それにも拘らず「共産党」という「政治」がそれを束縛しようとする。法治国家ではない中国においてはこの束縛をくぐりぬける唯一の手段が賄賂であり、汚職となる。

共産主義体制でありながら経済は資本主義というのは、ある種の自己否定である。毛沢東は走資派のトウを殺しはしなかったものの側近には決して取り立てようとしなかったのはこのためである。

一方、共産主義体制は「情報の管理」を強制しなければならない。人民の口をふさぎ目を塞ぎ。手を縛らなければ共産主義体制の統制がたもてなくなるから当然である。共産中国がネットを強制管理しているのはこのためである。

しかし共産中国としては自らの正当性を誇示するためにしなければけない事は経済の持続的成長もさることながら、国際的な地位の向上も誇示しなければならない。その一例がオリンピックの招致
であろう。

シカシオリンピックは大量の国際観光客の流入と共に共産党にとっては好ましくない情報の流入も必然的に招く。ソ連は閉鎖国家だったがオリンピックにより国民は資本主義情報に汚染された。自分たちが共産党によって貧困に貶められていること、共産党体制の非合理性を知ってしまった為にソ連は間もなく崩壊したのだった。

現代中国における唯一の反体制団体の一環【大紀元日本】が4月1日に報じたところによると、習近平国家主席がかつて名門・清華大学法学院で博士号取得に向けて研究を行っていたときの指導教官孫は立平という教授だった。その教授が、「共産党政権もあと10年は存命不可能で、せいぜい5年」と言い切った。

<孫教授は政治に関与せず、独自な哲学と自由な思想をもつ学者として注目されている。

孫教授は昨年末、中国の有力紙『財経』が主催したシンポジウム「2013:予測と戦略」において行った演説で「各級の政府は目的達成のためにいかなる手段も辞さず、悪事を働く権力さえ与えたた
め、中国を法治と無縁の国に落とし入れてしまった」と容赦なく批判した。

孫教授は「革命が静かながらすでに起きている」とし、「もし共産党が歴史と断絶するチャンスを失えば、何年かの内に必ず異変が起きる」と警鐘を鳴らし、「共産党政権もあと10年は存命不可能で、せいぜい5年」と言い切った。

参加者が1000人を超え、国内外の著名な学者や商務省大臣の陳銘氏、前全人代副委員長の成思危氏などの高官が臨席しただけに、孫教授の発言は強い衝撃を与えた。

孫教授は講演で、特に「維穏」(安定維持の運動)に言及し、「維穏は実際、法治に対する大きな破壊であり、法治を無視することだ」と厳しく批判した。

維穏は共産党に反体制と判断されたすべての人々を取締っている。その体制は胡錦濤時代を経て、習近平時代に至っている。

元中央政治局常務委員であり、「維穏」の最高責任者であった周永康氏は在任中、「維穏」は共産党政権を守るための不可欠なものだと位置づけたため、「維穏」任務に当たる政法委(警察、司法、公安関係)が絶大な権力と潤沢な資金を手にすることができた。

こうした背景で、政法委は制約、監督されることがなくなり、手にした特権を武器に職権乱用し、違法的な取締りを行ってきた。中国の幹部の腐敗が山ほどあるが、もっとも深刻で国民に憎まれるのは政法委関係の司法腐敗なのだ。

司法の腐敗や高圧的な「維穏」によってもたらされた結果の危険性について、習近平氏はむろん十二分に知っている。そのために、習氏が国家主席になってから周永康氏が掌握していた政法委のトップは最高指導部メンバーから除外された。

しかし、現体制の下でいかなる改革や腐敗是正を行っても、いずれも失敗に帰すに違いない。習主席は、無駄な努力をするよりも「国師」の警鐘に耳を真摯に傾け、そして中国、世界、人類の未来のために知恵を絞って根本的な対策を講じればいかがだろう>。(大紀元日本)            2013・4・3  
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