2013年04月12日

◆さようなら岡本敦郎さん

渡部 亮次郎


歌手の岡本敦郎(おかもと あつを)さんが2012年12月28日に88才で亡くなり、わが青春を偲ぶよすがを失った気がして、あわてて録音を聴いている。

小樽市出身。武蔵野音楽学校(現・武蔵野音楽大学)声楽科卒業。日本コロムビア所属。本名 尾加一夫  出生 1924年12月25日

1946年にラジオ歌謡のホームソング「朝はどこから」でデビューした。この曲は当時、敗戦直後の日本を励ますため朝日新聞が企画した懸賞応募曲であった。

応募した森まさるはペンネームで、本名は森勝治、参議院議員(日本社会党)をされた人。全逓幹部を経て政治家になった。私がNHKで参議院を担当したころ森さん自ら「朝は何処から」の作詞者だと名乗った。

さいたま市太田窪在住でしたが、その後86歳で亡くなられた。「お早よう、今日 は、今晩は」の3つの言葉のあいさつは、楽しい明るい家庭から生まれて来る。

「朝はどこから」は明るいその曲調から、広く親しまれ愛唱された曲である。抜群の伸びのある美声と正統派の歌唱で、戦後の歌謡界で活躍した。1949年の「街の艶歌師」の小ヒットを皮切りに流行歌のヒットが増えて行った。ちなみにこの作曲は八洲秀章で岡本敦郎にしては珍しい演歌である。

「白い花の咲く頃」の大ヒットや「チャペルの鐘」「あこがれの郵便馬車」などのヒットを経て、1954年にリリースした「高原列車は行く」は爆発的ヒットとなり現在までの岡本敦郎の代表曲となった。私はこのころが高校生で「チャペルの鐘」はNHKのど自慢に出て唄った。鐘3つ。

チャペルの鐘

作詞:和田隆夫、作曲:八洲秀章、唄:岡本敦郎

1 懐かしのアカシアの小径(こみち)は
  白いチャペルにつづく道
  若き愁い 胸に秘めて
  アベマリア 夕陽に歌えば
  白いチャペルの ああ
  白いチャペルの鐘が鳴る

2 嫁ぎゆくあの人と眺めた
  白いチャペルの丘の雲
  あわき想い 風に流れ
  アベマリア 静かに歌えば
  白いチャペルの ああ
  白いチャペルの鐘が鳴る

3 忘られぬ思い出の小径よ
  白いチャペルにつづく道
  若きなやみ 星に告げて
  アベマリア 涙に歌えば
  白いチャペルの ああ
  白いチャペルの鐘が鳴る

《蛇足》 昭和27年(1952)にNHKラジオ歌謡として放送された。

八洲(やしま)秀章の端正なメロディを岡本敦郎が端正に歌った。

惹かれあっていることがお互いにわかっているのに、打ち明けることができないまま別れてしまう若い男女の心が詠われています。最近はどうも、こうした繊細な恋のかたちを理解できない人が増えているようで……。(二木紘三)

その後も岡本さんは「ピレニエの山の男」「自転車旅行」「若人スキーヤー」などヒットを飛ばした。多くのラジオ歌謡(NHK)を吹き込んだことから、ミスターラジオ歌謡の異名を持つ。

NHK紅白歌合戦に7回出場した。

舟木一夫の大ヒット曲「高校三年生」は岡本の吹込みを想定して作られたものである。また歌手業の傍ら、音楽教師としても活躍。1980年から84年には日本歌手協会の理事長を務めた。

1995年には戦後50年及び自身のコロムビア専属50年を記念し、同じく専属50年の並木路子・池真理子(いずれも故人)と共に新曲を発売し、日比谷公会堂でジョイントコンサートを行った。

80歳を超えても「思い出のメロディー」(NHK)やテレビ東京の懐メロ番組へ出演。2007年9月18日に脳梗塞のため入院するも早期発見が幸いして投薬治療で回復。

翌2008年1月21日放送の「ラジオ深夜便」で仕事復帰した。2010年頃からは心臓の不調もあり仕事から遠ざかっていたが、2012年8月10日放映の「懐かしの昭和メロディ」(テレビ東京)へ出演。約2年半ぶりのテレビ出演となったが、これが生涯最後の仕事となった。

2008年、第50回日本レコード大賞で功労賞を受賞。

2012年12月28日、脳梗塞のため東京都内の病院で死去。88歳没。

代表曲

朝はどこから(1946年)共唱:安西愛子
街の艶歌師(1948年)
ビルの窓から(1949年)

白い花の咲く頃(1950年)
あじさいの唄(1950年)共唱:山田陽子
さよならマルセーユ(1951年)

リラの花咲く頃(1951年)
美しい乙女(1951年)
青いガス燈(1951年)

時計台の鐘(1951年)
まぼろし慕いて(1952年)
草笛の唄(1953年)

チャペルの鐘(1953年)
みどりの馬車(1953年)
花のいのちは(1953年)共唱:岸恵子

高原列車は行く(1954年)
もぐらこおろぎ(1954年)共唱:伴久美子
ピレネエの山の男(1955年)

秋の匂い(1955年)共唱:伴久美子
秋の子(1955年)共唱:伴久美子
みおつくしの鐘(955年)

自転車旅行(1955年)
ここは静かなり(1955年)共唱:湯川きよ美
登山電車で(1957年)

人工衛星空を飛ぶ(1957年)
今日の日はさようなら(1974年)
小諸なる古城のほとり(1977年)

元気で行こうよ仲間たち(1997年)
狐の花嫁(1997年)
四谷大塚進学教室の歌(カセットテープ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
                2013・4・10


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