2007年03月12日

◆巴里便りー「かけがえのない家族」


             岩本宏紀(在仏)

・話し相手はポメラニアン
姪はポメラニアンを内緒で飼っていたが大家に知れたため、田舎のおふくろが預かることになった。一日中一緒に暮らすうち、この子犬、バロンはおふくろの広島弁がすべて理解できるようになったと言う。

「バロン、偉(えら)さんは? ほら行け、ほら行け。」というと、風呂場に敷いてある紙おむつのところに行き、何回も回ったあとその上で用を足した。
(偉さんとはえらい子、いい子という意味) 
逆におやじは動物にはまったく興味を示さない男で、「バロンばっかり可愛がる」とか「来た人にすぐバロンの自慢をする」とおふくろに文句を言っていた。

撫でることさえしなかったが、がんに冒されて自宅療養していたときは、膝の上に乗せたままうたたねをすることもあった。

発病後半年でおやじは死に、あとにバロンと母が残った。口喧嘩の相手を失ったおふくろにとって、バロンはいい話し相手だった。元気な頃のおやじの言葉を思い出す。

「誰もおらんはずなのに、ばあさんの話声が聞こえる。ついに頭がおかしゅうなったんかとそおっと覗いてみたら、バロンと話しとるんじゃ。」

そのバロンは昨年頚の骨を折って死んでしまった。「犬のお守りを7年もさせてもらって、しあわせでした。」とおふくろは述懐する。


・犬はかすがい
指が一本ないためブリーダーから見放されていた、ヨークシャーテリアのはなしを紹介したい。ぼくの友達は、この犬をおかあさんにプレゼントした。母娘二人暮らし、喧嘩して気まずくなり、口もきかなくなったとき、ふたりは犬に話しかけたと言う。

「ビンちゃん、ばあちゃんと寝んねしてたの?」
「ほらほらビンちゃん、ママが帰ってきたわ。」

こうして、また会話のきっかけができたという。「子はかすがい」というが、彼女たちにとっては、犬がかすがいだった。

外国語がわからず落ち込んだ子どもにロンドンに赴任した友だちはこんな体験をしている。家族と一緒にシェルティ(ミニコリー)も連れて行った。牧羊犬らしい、忠実でやさしいチム。

英語のえの字もわからず、落ち込んでいた9歳と12歳の娘さんを慰めたのは、この犬だった。今でも彼女たちは懐かしそうに話すそうだ。

「英語での授業が皆目わからず失意のどん底で帰宅しても、チムちゃんに迎えられると途端に元気になって、こうしちゃいられないと前向きの気持ちにさせらたの。」

親の都合で言語の異なる国へ連れてきた申し訳なさと、言葉の壁を自力で乗り越えて欲しいという期待とが交錯していた彼。チムが果たしてくれた癒しと激励には、ほんとうに助けられたと言う。

娘さん達はネイティブスピーカーのように英語を話せるようになり、両親とチムちゃんが帰国した今も、ロンドンに残って勉強を続けておられるそうだ。

・かけがえのない家族
ある人は飼っている犬のために、自分は元気でいなければと思い、ある人は自宅にいる犬に会うために、早く元気になって退院しなければと思う。

また父親も息子も、犬にはなぜか1オクターブ高い声で話しかける。友だちが言うとおり、癒しの存在、愛玩動物といった通り一遍の言葉では到底言い表せられない、かえがえのない家族の一員だ。

高校のとき、一人暮らしのぼくを支えてくれたのは、犬ではなく猫だった。今は亡きブータンに改めてありがとうを言いたい。(了)

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