古澤 襄
〜首相「魔法の杖ない」〜
<安倍晋三首相は10年間停滞した北方領土交渉の「加速化」でプーチン大統領と合意にこぎつけた。接点の見いだせない事務レベル交渉に見切りをつけ、自ら乗り込むトップ外交で突破口を開いた形だ。
首相は波状的な首脳会談で交渉を進展させたい考えだが、2島返還で決着を図るプーチン氏の姿勢に変化はなく、日本が求める「4島返還」への道筋はなお描けていない。
首相は会談後のプーチン氏との共同記者会見で、平和条約交渉について「直接取り組み、解決に全力を挙げる」と述べ、トップ外交による交渉進展に強い意欲を示した。
しかし、事前の事務レベル調整でのロシア側の姿勢は強硬で「歯舞群島、色丹島の2島返還どころか『返還ゼロ』ベースの構えだった」(外務省幹部)。首相も、周辺に「予想以上に固い」と漏らすほど。領土交渉の立て直しには暗雲が立ち込めていた。
だが、プーチン氏も日本を袖にできない事情を抱えていた。米国発のシェールガス革命で、天然ガス輸出は行き場を失いかねない。開発の遅れた極東地域は10年で人口を60万人減らし、東北3省の人口が1億人を超えた中国に、ロシアは脅威を感じ始めた。
「極東シベリアで中国の影響力を抑えきれない。日本企業に積極進出してほしい」。露有力政治家が打診してきたことに首相は着目した。「エネルギー協力拡大」との表現でガス輸入の積み増しに含みを持たせ、インフラや都市環境の整備も掲げ、領土交渉で足並みをそろえさせたのだ。
ただ、首相は共同記者会見で「戦後67年以上たっても解決しない問題を一気に解決していく魔法の杖(つえ)は存在しない」とハードルの高さを認めた。具体策を見いだすのは難しく、「3島返還論」などの妥協案が日本側でも取り沙汰される。
さらに、首相が言うように「首脳の決断なしには解決しない」のは事実だが、前回政権時に比べ政権基盤が盤石とはいえないプーチン氏は「大胆な譲歩には踏み切れない」(政府高官)との見方も根強い。
今回、協定や覚書を交わした経済協力分野は、シベリア開発などロシア側のメリットが大きい。領土交渉で前向きな姿勢を示したとはいえ、妥結の時期は明示されず、「進展」の実効性が担保されたとはいいがたい。
「肩すかし」にあわないよう、首相はプーチン氏の出方を慎重に見極める必要がある。
(モスクワ産経 半沢尚久、佐々木正明)
<「頂門の一針」から転載>