2007年03月15日

◆共産党が神信心なのか



                     渡部亮次郎

数年前、用あって上海と杭州を訪れた。上海は田中角栄総理に同行訪問して以来の訪問だったが、知人の案内で訪れたところが城隍廟
(じょうこうびょう)という寺だった。共産党が寺を認めているのか?

共産主義、社会主義を体系付けたカール・マルクスは「宗教は民衆にとっての阿片」と断じ、断じて排除しなければならないとした。だから1917年に社会主義革命の起きた旧ソビエトでは葱坊主のロシア正教会がすべて閉鎖された。

それが中国では閉鎖されなかったのか、否、いま中国では復活を遂げつつあるのだそうだ。産経新聞上海特派員の前田徹記者が2007年3月7日の紙面で「阿片」が有益になるとき・・・と題して伝えている。

ソビエト崩壊後のロシアでは当然ながら復活している。レーニンの死後スターリンは「マルクス・レーニン主義」を提唱する中で「宗教は民衆の阿片である」とのマルクスの言葉を踏襲し、宗教の存在を否定したのだった。

階級社会が発生して以来、支配階級は、民衆の目を厳しい生活からそらさせるため、常に宗教を利用してきたからである、とする。実際に、ロシア革命以降、諸宗教の数多くの教会が破壊され、聖職者及び信徒が虐殺された。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)抜粋。

ところで中国である。前田さんによれば、中国共産党が建国した1949(昭和24)年以来、共産党は、福の神を含めたいわゆる民間(伝承)信仰は、公式には「阿片のようなもの」として禁じてきた。


唯物史観に迷信は不必要だからであり、毛沢東は「孔子の教え」でさえ封建的として退けた。それなのに城隍廟が突如、繁盛したのは何故なのか。聞けば内部に居る、坊さんたちは共産党から派遣された党員で、賽銭のすべてが共産党の収入になるのだと言う。

城隍廟に人々が焼香に来るようになったのは経済発展著しい21世紀に入ってからで、06年には前年比41%増の27,000人に達したそうである。

ただし聞いてみると、我々のように仏の安寧を祈るとか、加護を求めるとか言うものでは決して無い。後場の株価が上がるように、病気が治るように、災害が来ないようにといった現世信仰である。

だから仏像などは拝まない。好きな方向を向いて線香を掲げ、やたら頭を垂れるのである。宗教心の皆無な当方からすると馬鹿らしくもあり、何でもカネカネの風潮は腹立たしくもあった。

更にそれらを共産党が、カネになるならマルクス・レーニンクソ食らえのゼニゲバ精神には呆れてものが言えなかった。

前田さんの質問に対して上海の華東師範大学哲学科の劉仲宇教授が明らかにしたところでは、現在、中国では「仏教・道教」「キリスト教」「イスラム教」が3大宗教。宗教の信者3億人のうち67%が3大宗教の信者だそうである。

毛沢東は貧しくてもすべての人民に平等に食べさせようとした。しかし自力更生路線の失敗だけで少なくとも1000万人を飢え死にさせた。ケ小平はこれではならじと先富論。富める人から先に富んで行けと指導。格差拡大社会の到来となった。

だから劉教授はいう。「中国社会はこの半世紀に激動を迎え、道徳水準の低下や人間関係の悪化、急激な西欧化の衝撃を経験し、精神のよりどころを失った」。そこで縋るものが欲しくなったのだろうが、私は見ていて、あらぬ方向にバッタのように頭を下げる若者たちに突然、哀れを催した。

最初は宗教を禁じておき、そんなに悪くもないと分れば束縛を緩める共産党。民衆にとっては麻薬である阿片のような宗教を、自らの都合で与えたり、与えなかったり。

民衆はそうした共産党のご都合主義を知って、共産党に対する信頼を捨てるだろう。事は信仰の問題では無い。分らないのか。
2007.03.07
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