2013年06月05日

◆尖閣「棚上げ合意」はありえない

杉浦 正章



“臭気ふんぷん”の野中発言を検証する
 

田中・周恩来会談で尖閣問題で「棚上げ合意」があったとする自民党元幹事長・野中広務の誤算は、まだ「生き証人」がいっぱいいることを失念していることであろう。


72年の会談に携わった外交筋は「死人に口なしだと思ったら違う。本筋を知っている人は多い。」と、合意の存在を真っ向から否定する。事実筆者も田中角栄から尖閣への言及について「あのまま帰ったら、右翼に殺されちゃうから触れただけだ」と聞いたことがある。


野中は中国ペースに引きずり込まれたか、自らそのペース乗ったかのいずれかであろう。疝気筋の“ねつ造”は国益を害すること甚だしい。


北京の記者会見における野中発言は、1972年9月の日中国交正常化首脳会談直後に箱根で開かれた自民党田中派の青年研修会で、田中が「尖閣諸島の領有権について日中双方が棚上げを確認したと」語ったというものである。


野中は中国共産党政治局常務委員・劉雲山に対しても「田中氏は双方が棚上げし、そのまま波静かにやっていこうという話をしていた」と伝えた。さらに野中は「当時のことを知る生き証人として、明らかにしたいという思いがあった。私としては、なすべきことをしたという思いだ」と胸を張ったが、一連の発言は直感的に見ても論理上も全く“臭気ふんぷん”たるものである。


まず第一に田中は外務省の中国課長・橋本恕(のち中国大使)の徹底的なレクを受けて、すべてがピシリと頭に入っていた。天才政治家が命がけで行った交渉である。理論武装は完璧であり「棚上げ合意」などという、日本の対中外交にとって致命的な発言をすることはあり得ない。


尖閣は日本固有の領土であり、交渉の対象にはなり得ないのだ。


次ぎに箱根の研修会は議員に対してではなく地方党員向けのものであった。当時野中は京都府会議員であり、その程度のレベルの党員らに対して外交の核心部分を打ち明ける可能性はゼロと言ってもよい。


官房長官・菅義偉が4日午前「自民党を離党された方だ。政府として一個人の発言にいちいちコメントすることは差し控えたい」とまず野中を“軽蔑”する発言をした。


その上で、「中国側との間で、棚上げや現状維持で合意した事実はないし、棚上げすべき問題も存在しないのが政府の公式的な立場だ」と真っ向から否定した。外相・岸田文雄も「わが国外交の記録を見る限りそういった事実はない 」と否定した。


そもそも「棚上げ」という言葉は、72年の首脳会談からかなり後に中国側が使い始めたものであり、顕著な例がトウ小平の発言だ。


トウ小平は1978年に日本記者クラブにおける会見で「一時棚上げにしてもかまわないと思います。十年棚上げにしてもかまいません。我々の、この世代の人間は知恵が足りません。次の世代は、きっと我々よりは賢くなるでしょう。そのときは必ずや、お互いに皆が受け入れられる良い方法を見つけることができるでしょう」と発言している。


従って田中・周会談で出る言葉ではない。岸田が述べる「我が国外交記録」でも全くその発言はない。外務省の記録はねじ曲げられているという学者がいるから、中国側の資料を紹介する。


首脳会談に同席した中国外交部顧問・張香山の回想記は次ぎのようなやりとりを紹介している。会談の最後の場面で田中が切り出した。


田中:一言言いたい。中国の尖閣列島に対する態度如何をうかがいたい。
周恩来:この問題について今回は話したくない。今話しても利益がない。
田中:私が北京に来た以上提起もしないで帰ると困難に遭遇する。今私がちょっと提起しておけば彼らにも申し開きが出来る。


周恩来:もっともだ。そこは海底に石油が発見されたから、台湾はそれを取り上げて問題にする。現在アメリカもこれをあげつらおうとし、この問題を大きくしている。


田中:よしこれ以上は話す必要がなくなった。またにしよう。
周恩来:またにしよう。いくつかの問題は時の推移を待ってから話そう。
田中:国交が正常化すればその他の問題は解決出来ると信ずる。
 

この会談で特筆すべきは田中が冒頭で筆者に語ったように、自民党右派や右翼の動きを気にしていることだ。「私が北京に来た以上提起もしないで帰ると困難に遭遇する。今私がちょっと提起しておけば彼らにも申し開きが出来る」と述べたと言うことの意味は、国内対策で一応触れただけと言うことであろう。従って「棚上げで合意」を目指したような大げさなものではさらさらない。


折から中国は人民解放軍の副総参謀長・戚建国が2日尖閣問題の棚上げを主張しており、野中はこうした中国側の意向を「忖度(そんたく)」して「死人に口なし」発言を“ねつ造”した感じが濃厚である。政府筋も「中国に都合がよいように言わされているだけだ」と指摘している。


野中は帰国後も「私は今回のことを言うために中国に行ったのであって、撤回などしない」と強弁。中国に利用されたという指摘に対し、「利用されたくないし、中国の人も利用しようとは決して思っていない」と発言した。


しかし検証すればするほど、怪しげな姿が浮かび上がってくることは否めない。京都府議レベルよりも田中に格段に近かった筆者も「絶対なかった」と断言しておこう。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)
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