2013年06月21日

◆なぜかテレビを見なくなった

岩見 隆夫


言葉のインパクトは恐ろしいと思うのである。先々週号に、

〈末期がんの宣告〉

と書いたばかりにお騒がせすることになった。〈末期〉と言えば死はすぐそこ、と世間では受け取る向きが少なくなく、私も半分はそう思っている。

医師団によると、肝臓がん群のうち大きいのが破裂、出血しており、とりあえず止血の応急手術を施した段階だから、危険状態であることに変わりはないが、いろいろと手当ての方法はあり、これからやりましょう、というところなのだ。

手当ての過程で、いつ何が突発するか、これだけは医師にも予見できない。手当ての効果があるかどうかは、

「元気度が大事ですな」
と医師は言う。

「元気度は何ではかるのですか」

「ご飯の食べ方とか、顔色、表情、立ち居振る舞いのメリハリとか、そん
なところでしょうか」

「なるほど……」

いまのところ、病院食はにんじん、ブロッコリー(いずれも嫌い)を除いて全部平らげる。顔色も悪くない、などと当方に都合よく考えたりすが、死を突っぱねるか、近づくにまかせるか、きわどいせめぎ合いだ。

人間は生まれた瞬間から死に向かって進んでいるという悟りは武士道のなかにあるらしいが、だからといって死が目の前にきた時は誰しも恐ろしいのである。たくさんのメール、お手紙をいただいた。私が先々週号で、医師に、アルコール性肝がんと言われた時、

〈声をあげて笑ってしまったのだ〉

と書いたことに触れたのが多く、

〈さすがにと感心した〉

〈すごい豪傑という感じがするが……〉

〈肝がすわっている〉

などお褒めの言葉を頂戴し、正直困ってしまった。私の筆が拙かったのである。笑ったのは確かだが、豪傑笑いなどではもちろんない。では、何笑いか。

気がついたら笑っていた。うれしい、楽しいではなく、呵々大笑、うつろな笑いでもない。あとは笑いの専門家に任せるしかないが、ひとつはっきりしていることは、まったくの無趣味人間の私は、好きな日本酒をたしなむぐらいしか楽しみがなく、

〈酒豪〉

と言われることが多かった。それがまんざらでもない。入院直前は、ビール大びん一本に日本酒三合、その一年前ぐらいまでは五合、さらに何年か前は七、八合が夜ごとの定量だった。品悪く言えば、酒びたり人生である。

だから、アルコール性がんと言われた時、そうだろうなあ、と瞬間おかしかった。わが人生をあざ笑ったのではなく、むしろ酒飲みなんだから、まあ、いいか、に近いサバサバした笑いだった。おわかりいただけるだろうか。

◇新聞がこれほど豊かとは 入院は多彩な発見がある

さて、がんについては、みなさん一家言ある。政界の某長老は電話口でこんな話をした。

「あんたみたいな年(77 歳8カ月)でがんになると、なかなか死ねませんのや。6、7年は付き合わされる。根っこについたコブみたいなもんですわ。私の周りにも元気になった老人がたくさんいるんでねえ、死にたくても死なせてもらえん。

まあ、あんたは週刊誌に書いたから、生き続けたら格好悪いのかもしらんが、仕方ない。寿命だけは自分で決めるわけにはいきませんからなあ」

いろんな励まし方があるものだと感心した。また、テレビ界の某女史は、がんの9割は治療するほど命を縮める、などと主張して売れっ子の近藤誠医師の本を送ってくださり、添えられた手紙には、

〈ご一読ください。手術はまわりの組織を必ず悪くするとのことで、60才すぎたら検診も手術も止めた方が、長生きするそうです……〉

などと書かれていた。ほかにも、異説、極論、面白いほど耳に入ってきたが、イワシの頭も信心から、みたいなところもある。

入院生活1カ月近くなって、気づいたことが2つあった。1つは老老介護の深刻さを垣間見たことだった。

 同年齢の女房は3年ほど前から軽い脳梗塞の既往症があり健康体ではない。しかし、私が倒れてからがぜん張り切り、病室に寝泊まりを始めた。身辺何かと助かるだけでなく、医師との治療問答も私より呑み込みが早い。だが、日がたつにつれ、女房の疲労が蓄積されるのが目に見えてきた。これはいかん、と私は思った。

すぐに自宅に帰って静養するようすすめたが、自宅は自宅で電話攻勢に参ってしまうらしい。自宅と病院2日ずつの往来方式に切り替えてみた。しかし、それもうまくいくのかどうか。知り合いの医師からは、

「奥さんが病院に行ってはだめです。必ず倒れる。共倒れになったらどうするんです」

ときつく忠告された。いまもどうしたらいいか、迷っている。同じような立場の老人夫婦の方々がたくさんいらっしゃるだろう。いい知恵があったらお教えいただきたい。

もうひとつ、テレビをほとんど見なくなった。どの番組も退屈で面白くない。何本かの必見時代劇、そして〈相棒〉シリーズ、一日も欠かしたことがなかったNHK朝の連続テレビ小説〈あまちゃん〉も、入院以後は見ていない。どれも安物のドタバタ劇みたいに思えだして興が乗らないからだ。

入院以前は、テレビ批判をしながらも、仕事の合間を縫うようにして、しょっちゅう見ていた。ほとんど習性のように。病室では時間がたっぷりあるから、テレビ頼みの日々になるだろうと自分で予測していたのだが、まったく逆だった。意外である。

代わって相手してもらっているのが、全国紙3紙。時間をかけしっかり読みこむ。新聞がこれほど広く深く豊かな読み物とは知らなかった、などといえば、

「おまえは本当に新聞出身か」
と叱られそうだが、正直な感想だ。入院暮らしは、多彩な発見がある。

 <今週のひと言>
「家庭内野党」って、菅元首相夫人も言っていた。あまり効き目なさそう。
(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)
(サンデー毎日2013 年6月30 日号)

<「頂門の一針」から転載}


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック