2013年06月21日

◆中国金融界に粛清の嵐

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
   
平成25(2013)年6月21日(金曜日)
        通巻第3969号 
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 鉄腕亮相・王岐山(副首相)が反腐敗キャンペーンで金融界に大なた
 中国金融界、大刷新につながるか。銀行幹部ら千余名を審査、400名を処分
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大嵐が吹いている。ショックを受けた中国金融界、銀行株、証券株、保険株などが大幅に下落して、上海株式指数は2100 を割り込む大暴落を演じ
ている。

習近平から絶対の信用を勝ちとって、金融界の伏魔殿に乗り込んだ王岐山(副総理、政治局常務委員、序列5位)は、ボディガードを多数引き連れて、次々と銀行、証券ならびに3会(銀行監査委員会、証券監査委員会、保険監査委員会)の審査を開始した。

四月以来、怪しげな幹部およそ1000 名あまりを審査し、6月20 日現在すでに400名前後が処分された。

捜査は4大国有銀行(中国工商銀行、建設銀行、中国銀行、農業銀行)ばかりか、中信託、光大、招商銀行などに加えて21 の市銀、7つの省際発展銀行(広東、山東、福建、海南、浙江、雲南、江西省)にも及んだ。

こんどの審査対象は外資系金融機関にも及んでおり、とくに「国際取引」の面妖な部分に捜査の焦点が当てられている。

書類のごまかしで不正は海外送金が行われているからだ。

大銀行の頭取11名、副頭取9名を「停職処分」とし、審査継続中である。くわえて、これまで聖域とされた3会(銀監、証監、保監)の幹部も審査対象としたところがユニークである。

王岐山が「強勢亮相」と渾名される所以でもある。

 ▼政界にも甚大な影響がおよびはじめた

また政界にも捜査はひろがっていて、すでに四川省副書記の李春城、湖北省全人代副主任の呉永文、国家エネルギー局長の劉鉄男らが失脚した。

さらに停職中の幹部に替えて、中央銀行の書記に子飼いの田国立(王が建設銀行頭取時代の部下)、工商銀行頭取に易会満(前副頭取、もともとは王岐山のアシスタント)、招商銀行頭取に田恵宇(王岐山の秘書)、国家開発銀行頭取に胡還邦(王の腹心)をそれぞれ送り込んだ。

また金融担当の国務委員・馬凱、楼継傳(財務相)らは周小川(中央銀行総裁)と金融改革を錦の御旗にチームを組んで、横の連絡を取りながら金融界の大掃除を断行しているが、後者三人はいずれも朱容基(元首相)が培った法経系の人脈である。

なるほど、こうまで背後の人脈がみえてくると、いま中国経済が悲鳴をあげているキャッシュ・クランチ(クレジット・クランチに加えての)に通貨供給を続けない周小川の金融引き締め政策への転換が読めてきた。

銀行間金利が暴騰し、先週来の短期金利急上昇によって、市場は資金枯れ状態に陥っているようだ。

金融界の闇から次は大蛇がでるか?

<樋泉克夫のコラム>

【知道中国 924】         
  ――「喧噪と臭気との他弁別し難い様な人の波だ」(小林の12)「杭州」「満州の印象」他(小林秀雄『世界紀行文学全集』修道社 昭和46年)


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代金を払ったのは小林だったが、「僕の焼豚は半分は脂の切った奴だが、彼女達の皿は全部肉であった」そうな。そこで小林は「差別がどうもあんまり露骨なので可笑しかった」と半ば呆れ気味に綴る。確かに日本人の感覚や味覚では脂より肉の方がいいに決まっている。だが脂のない肉は、やはりパサパサし過ぎで余り旨いものではなかろうに。

当時の中国である。贅沢が過ぎる現在の日本人のように、やれ脂の刺しが入っている方が旨みがある、やれブランド豚がいいなどと寝言をいっていられる時代ではない。口に入れば何でもよかったはずだ。

だとするなら、あるいは料理屋のおっさんは、小林に旨い焼豚を味わってもらおうと「半分は脂の切った奴」を提供したのかもしれない。いや、よしかりに小林が苦笑するように「差別」であったにしたところで、それが人情というもの。

こういった些細なことで兎角に目くじらを立てない方がいいように思う。一から十まで、いや十から百、千、万までもキチッとしなければ気がすまないのが日本人だが、そんなことを中国に行ってまで求めるようだったら憤怒の自家中毒、今風にいうならストレスが溜まりに溜まって、プッツンだ。ツライしタマラナイ。

こんな時は料理屋のおっさんに、「次は宜しく願うよ」とでも声を掛け、柳に風と受け流してしまえばいい。声を掛けないまでも、ニヤッと笑ってやればいい。そうすれば、きっと次からオマケがつくはずだから。

次に小林が向かうのは蘇州だった。

「蘇州は戦前より人口が増えたという。皇軍大歓迎の飾り付けの色も褪せ、街はもう殆ど平常な状態に復しているらしく見えた」。さて、ここからが微妙な話になる。

「銀行めいた石造りの大きな建物に頑丈な鉄門が開かれ、『慰安所』と貧弱な字が書いてある」。スワッ、例の素人娘を強引に拉致して仕立てたと国際問題にまで拡大している“従軍慰安婦”の囲われている施設かと思いきや、どうもそうではないらしい。

「2階の石の手摺のついたバルコニイに、真ッ赤な長襦袢に羽織を引ッ掛けた大島田が、素足にスリッパを突ッかけ、煙草を吹かし乍ら、ぼんやりと埃っぽい往来を見下ろしている」。

そこで小林は「同行のA君と顔を見合わせて笑う。何が可笑しくて笑うのか。無責任な見物人の心理は妙なものである」。

確かに見物人としては「心理は妙」だろう。

ここで「従軍慰安婦はいた」と胸を張って主張する人々は、「真ッ赤な長襦袢に羽織を引ッ掛けた大島田」は朝鮮半島やらから拉致された若い素人女性だなどと強弁したいだろう。

十中八、九は。だが、どう考えても、それはムリ筋の屁リクツというものだ。おそらく彼女は“からゆきさん”であり、蘇州駐在の日本軍将校、軍属、あるいは実入りのいい商人向けの高級酌婦でと考えられるのだが、さて「『慰安所』と貧弱な字」を書いたのは、いったい誰なのか。

「街の破壊は殆ど言うに足りない。部隊の宿舎は皆城外にあって、城内の大通りには、下士官以下通行禁止の札があり、兵隊さんの姿はあまり見られず、占領直後の街という印象は受けない。芝居、映画、デパート、其他の商店も皆店を開け、往来する人々の顔を和やかだ」というのが、小林の蘇州に対する第一印象だ。

ここで改めていうが「城」というのは城壁を、「城内」は蘇州市内を、「城外」は郊外を指す。どうやら日本軍は下士官以下を郊外に駐屯させ、市内には入れなかったことになる。

秩序が保たれていたからこそ、「芝居、映画、デパート、其他の商店も皆店を開け、往来する人々の顔を和やかだ」った。だが、そこも戦場であることに変わりはなかった。
《QED》

<「頂門の一針」から転載>
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