2013年07月26日

◆参院選後の安倍外交

宮家 邦彦


「ムーブ・ザ・ゴールポスト」という英語がある。試合中にフットボールのゴールを動かすことから転じ、ゲームの途中でルールを変更する不条理さを揶揄(やゆ)する言葉だ。

先週ワシントンに出張した。米政府系シンクタンク主催の日米韓シンポジウムに出席する一方、複数の連邦議会議員を含む多くの議会関係者や外交問題専門家とじっくり意見交換する機会を得た。

先方の求めに応じ筆者が日中・日韓関係の現状を説明する際、用いたのがこの英語表現だ。筆者のロジックは次のとおりである。

 ●1945年、日本は「生まれ変わった民主国家」として再出発した。

 ●1965年、長い交渉の末に韓国と基本条約を結び、請求権も含め懸 案を処理した。

 ●1995年には村山談話で戦争と植民地支配に対し「心からのおわ び」を表明した。

 ●日本国民から集めた償い金を女性たちに届けるべくアジア女性基金まで立ち上げた。

 ●ドイツの謝罪はホロコーストに対するもの。フランスはアルジェリア戦争・植民地化を謝罪しただろうか。

 ●1945年以来70年近く、日本が行った努力はかくも丁寧、かつ真 摯(しんし)なものだった。

 ●フットボールで言えば、50ヤードも前進したのに、ゴールポストは 逆に遠のいた。

 ●心ある多くの日本国民が中国や韓国との関係改善を望んでいることは間違いない。

 ●同時に、多くの日本国民は、韓国や中国がゴールポストを動かし、日本のゴールを永久に認めないのではないかと心を痛めているのだ。

手前みそかもしれないが、ある米国政府関係者は「こんな説明を聞いたのは初めてだ」とまで言ってくれた。図らずも今回の出張は、対米情報発信がいかに重要かを再確認する旅となった。

そのワシントンから先週末、参院選投票のため急いで帰国した。米国の識者たちも選挙後の安倍外交には強い関心を示していた。投票日は帰国翌日だが、時差で朦朧(もうろう)としていた筆者にも今回の参院選挙の意義は明らかだった。

第1に、安倍自民党の最大の勝因は経済であり、必ずしも外交が評価されたわけではない。安倍外交の真の評価はこれからだろう。

第2に、国会のねじれ解消により、日本政府の外交的立場は強化されたと思う。少なくとも最大3年間、国政選挙はないので、安倍首相は内政外交に専念できる。外国も日本政府の足元を見ることはできなくなるだろう。

第3に、そもそも安倍外交はまだ始まったばかりであり、参議院選挙後に大きく変化すべきものではない。安倍政権の姿勢は昨年12月以来、内外のさまざまな情勢に対応して進化しつつある。外交には継続性と一貫性も大事だ。戦後築き上げてきた日本に対する信頼を維持・強化していくことも重要な課題である。

最後に、最大の課題は中国、韓国との関係改善だ。ただし、中韓両国を同様に扱うべきではない。

中国の対日政策は2008年末戦略的に変化した。中国側がこの姿勢を 近い将来変えるとは思えない。尖閣問題は南シナ海でASEAN諸国が直 面する問題と基本的に同一でありこれらの国々を重視する安倍内閣の姿勢は正しい。

これに対し韓国は日本と同様米国の同盟国であり、自由、民主、人権といった価値を共有する隣国だ。しかも韓国の対日問題は韓国の国家戦略というよりも内政である。韓国大統領の任期は5年で再選がない。大統領の地位は米国ほど強力ではないのだ。

過去10年間、東アジアでは地殻変動が起きている。中国の台頭という パワーシフトに対し韓国、ASEAN諸国、米国は本格的に対応し始めている。これに対し過去数年間日本外交は迷走が目立った。参院選後の今こそ日本外交への信頼を再確立すべきだ。

              ◇

【プロフィル】宮家邦彦

みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園 高、東
京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公 使、中
東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内 閣では
首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノ ング
ローバル戦略研究所研究主幹。
産経ニュース【宮家邦彦のWorld Watch】2013.7.25

      <「頂門の一針」から転載>



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