2013年08月02日

◆「賢明なる」安倍は終戦日の参拝を断念

杉浦 正章



「靖国カード」活用で首脳会談目指す


■マスコミは“麻生言葉狩り”をやめよ


閣僚の“問題発言”の度に思うのだが、マスコミは上が馬鹿だと下の駆け出し記者も馬鹿になるということだ。駆け出し記者は発言の本旨をとらえないで、一部の片言隻句をとらえて「大変です」と持ってくる。上が疑問を持たずに「よし、書け」ということを知っているからだ。


いくら何でも戦後の教育を受けた財務相・麻生太郎がヒトラーを礼賛するわけがないと思って、発言全文を読めば礼賛などしていない。問題発言に先立って「ワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。


常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ」と述べていることが証拠だ。基調としてはヒトラーのようなものの台頭を否定しているのだ。麻生自身が「私がナチスおよびワイマール憲法にかかる経緯について、極めて否定的に捉えていることは、私の発言全体から明らかだ」と弁明しているとおりだ。


これが「ある日気づいたら、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」と例によってサービス過剰に口を滑らせたから、その片言が取り上げられたのだ。


今の世界は情報の伝わるスピードは速い。米国のユダヤ人までが怒り出す始末だ。政治記者は言葉狩りのセンセーショナリズムから離れて、発言の本質をとらえるべきなのだが、記者は記者で「出席原稿」を書いて点数を稼ぎたがる。一緒にいた記者仲間も書くから「赤信号みんなで渡れば怖くない」だ。かえって渡らないと上から「なんで特オチした」と責められる。


せめてヒトラー礼賛ではないことを本人に確認して記事に付け加えるべきなのにそれをしない。「俺が政治部長だったら絶対に本人の反論を付け加えて出稿した」と言いたい。各社ともまさに発言の一部を掠め取る江戸名うてのすり・ちゃっきり金太のような記事に仕立てたのが今回の「麻生発言」の本質だ。


■朝日の異常な追及ぶり

こんなことを繰り返していては日本のマスコミの質はますます低下して、感情だけで記事を書く韓国並みになりかねない。とりわけ2日付朝日の紙面展開がひどい。高級紙を気取っているが、その偏りかたはまるでタブロイド紙やイエローペーパー並みだ。


衆参選挙における論調の壊滅的敗北を、明らかに「麻生の首」で挽回しようとしている。本旨をとらえていない記事を根拠に、鬼の首を取ったような記事を満載している。社説でも「立憲主義への無理解だ」と独善そのものの論調を展開している。


安倍は絶対に麻生を更迭する必要は無い。この際言葉狩りとは徹底的に対決すべきだ。「野党が追及」と朝日がけしかけても臨時国会は秋までない。この国会では麻生問題などで審議などに応ずる必要は無い。朝日には悪いが秋までは論議は続かないのだ。


「ヒトラー発言」の影に隠れてしまったが麻生は靖国参拝に関していいことを言っている。「靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。日露戦争に勝った日でも行けといったおかげで、えらい物議をかもしたこともある」と発言したことだ。


これは麻生自身が参拝した春季例大祭に引き続いて8月15日の終戦記念日に参拝しないという意志表示に他ならない。本当はこっちの方がニュースなのだ。もちろん安倍の参拝もやんわりと戒めている。


その安倍の参拝だが、政権内部からの発言を聞くと、まるで安倍が馬鹿であるように聞こえる。なぜなら猫も杓子も「賢明に対処される」発言の一点張りだからだ。最初にこの言葉を使ったのは幹事長・石破茂だった。うまい言い回しがあるものだと思った。


石破にしてみればナンバー2は叩かれるから、ここで安部を怒らせては幹事長留任がすっ飛ぶとばかりに考え出した発言なのだろう。


これに続けとばかりに自民党副総裁・高村正彦が賢明発言をしたかと思うと、公明党代表・山口那津男も「賢明に対処」だ。しまいには首相官邸の高官までが賢明発言だ。まるで安倍の「賢明対処包囲網が」出来上がってしまった。これで8月15日に参拝したらやはり「馬鹿」ということになる。


安倍の靖国参拝は7月10日の記事でマスコミの先頭を切って警鐘を鳴らしたように、実現しないだろう。なぜならこれまで中国と韓国が使ってきた「靖国カード」を、今は逆に安倍が握った形となっているからだ。


安倍が就任早々第1次安倍内閣時代に参拝しなかったことを「痛恨の極み」と発言したことがすべての発端となった。これで中国、韓国に、にわかに警戒心が芽生え、春の真榊(まさかき)の奉納に続いて、安倍が終戦記念日に参拝するに違いないという観測が芽生えた。


韓国外務省報道官が、終戦記念日の参拝に関し「日本政府が韓日関係の安定的で持続的な発展のため、尽力してくれることを期待する」と述べれば、中国大使館も「日本側の行動が重要」と述べる。もちろん首脳会談の実現のためにはそれが必要だというのだ。これは期せずして立場が逆転していることを物語っている。


つまり安倍が「終戦記念日参拝せず」のカードを切れば首脳会談への段取りが前進することを意味している。別に中国とは譲歩してまで会談する必要も無いが、場合によっては9月上旬のG20に合わせて、簡単な会談が実現するかも知れない。緊張緩和のためには会釈に毛の生えたような会談でもやっておくことが双方のためになる。


従ってここは安倍が「賢明なる判断」をする場面となっており、「賢明なる安倍」は参拝しないだろう。今参拝すれば気が狂ったと思われても仕方がない。


そもそも靖国参拝は心の問題である側面が大きい。従って「英霊の御霊に尊崇の念を現す」方法はいくらでもある。その一つが神社に行く参拝でなく遙拝(ようはい)である。遙か遠くの靖国神社を拝むのだ。遙拝というと昔から皇居を思い浮かべる。


共産党が見当外れにも怒っているが伊勢神宮では昭和天皇が逝去した1月7日に皇居に向けて遙拝している。しかし靖国神社遙拝もあるのだ。現に愛知県高浜市の春日神社には「靖国神社遙拝所」がある。石碑にそう刻まれている。これまでごみ置き場になっていたが、参拝者の指摘で気付いてきれいにした。遺族が遙拝している。


安倍もそれだけ尊崇の念を表明したければ、黙って首相官邸執務室から遙拝すればいいのだ。そして首相を退任してから、毎日遙拝していたと発表したらどうか。

◎今朝の特ダネ

集団的自衛権の憲法解釈で安倍が内閣法制局長官を解釈見直し派に変える。2日付読売が報じた集団的自衛権行使容認に向けての大スクープだ。


【読売新聞1面トップ】安倍首相は1日内閣法制局長官に小松一郎・駐仏大使を起用する方針を固めた。5日にも決定する見通しだ。山元庸幸・内閣法制局長官は退任し、最高裁判事に就く。集団的自衛権をめぐる憲法解釈見直しの議論を進めるため、従来の政府解釈を堅持する立場だった山本氏を退任させ、解釈見直しに前向きな小松氏を起用することで態勢一新を図る。


内閣法制局長官としては前例がない。首相主導が色濃くにじんだ人事となる。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)
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