2013年08月03日

◆「坊さんと先生だけ」は先入観

岩見 隆夫


トップの采配について考えてみる。

首相という強力な権力者が指示すれば、大抵のことはできるのだろう。だれもが漠然とそう思っている。一般論として。

だが、実際の首相の采配が必ずしもそうでないことも、歴代を見ていてわかっている。まず指示がマトを射ているか、次に指示倒れにならず、やり抜く政治力と執念を持ち合わせているか。そのあたりで値打ちが定まってくる。

一例として、大平正芳首相。鈍重のようにみえて、決断型だった。反対を覚悟で消費税導入を決意するが(1979年)、挫折すると後事を竹下登蔵相に託した。竹下は周到な準備のすえ、自分の政権のもとでついに導入を果たす(89年)。

「あれは大平さんの執念が乗り移ったんだよ」

と竹下は晩年の回顧録で語ったが、大平による10年越しの采配だった。

 安倍晋三首相は参院選大勝のあと、

「どっしりと腰を据えて、政策を力強く前に進め……」

と決意を語った。マトを射た指示を繰り出してくるか、自民党に1票を投じた人も、安倍の采配に疑心暗鬼である。

新刊の「武村正義の知事力」(関根英爾著・サンライズ出版)という本を読んだ。トップの采配で相当のことができることを改めて知る。

武村が革新陣営に推され、全国最年少の滋賀県知事に当選したのは74年11月、40歳だった。3期12年務め、衆院議員に転じる。

1期目に県財政の再建と琵琶湖の汚染対策に取り組み、2期目に野心的な<文化の屋根をかける>政策を打ち出した。文化的施設を充実させる一方、一般の県行政のすみずみまで文化的気配りをする。<屋根>の意味である。

柱に据えたのが図書館行政だ。当時、滋賀県内に図書館は4館しかなく、全国最下位を低迷していた。武村は、図書館の仕事は人だ、と考え、部下に、

「県立図書館の館長にふさわしい人を全国から探してほしい」

と指示する。白羽の矢が立ったのが前川恒雄。東京都日野市立図書館長を務める、この道の練達の士だ。

しかし、前川は招きに簡単に応じない。武村の指示で、副知事らが次々に日野入りし、説き伏せる。強引だ。滋賀にやってきた前川は、

「市町村にどんどん図書館をつくりましょう」

と武村に思い切った補助制度を求め、かなえてもらう。だが、市町村長を回って協力を頼むと、どこも、

「本を読むのは坊さんと学校の先生だけ。つくってもだれもこない」

とつれない。しかし、だれも坊さんと先生だけ、を見たわけではない。誤った先入観だった。

まもなく空気が変わる。新設の図書館にびっくりするほどの利用者が訪れたのだ。図書館網は全県に広がる。館長は他府県からベテランをスカウト。入館者数、1人当たりの貸出冊数がぐんぐん増え、まもなく東京を抜いて<日本一の図書館県>にのぼりつめた。

前川の証言によると、そのころ武村に、

「知事として読んでおいたらいい本を毎月3冊ほど選んでくれ」

と頼まれ、選択に悩みながら届けた。知事室を訪ねると机の上にちゃんと置いてある。

「読んでますか」

「いやあ、全部は読めないけど、表紙をみるだけでも勉強だよ」

中央政界入りしてから、武村が前川に漏らしたという。

「知事時代、いろいろな仕事をしたが、少ない経費で大きな効果を上げたのは図書館だ」

武村だからこそできた、と思う。采配はそうあってほしい。

首相と知事では、采配のレベルが当然違うが、トップとしての姿勢は共通している。

安倍自民党はいまや衆参両院で410人。全議員の56%を占め、第2党の民主党116人の3・5倍の大所帯だ。これだけの数の力があれば、と思うかもしれないが、実はそうではない。

ふくらんだ分だけ党内事情は複雑になり、内外のあらゆるテーマをめぐって、論争、対立が顕在化してくる。もちろん、外側からは、野党の攻勢、少数だけに先鋭化してくるとみなければならない。

1強体制は決して安泰ではない。そんななか、安倍の采配が問われる。党内融和、政権安泰を優先させれば、調整的、微温的にならざるをえない。反対、抵抗を押し切っても壁に風穴をあけようとすれば、傷を負う、しかし、采配はさえ、政治が躍動するだろう。

さて、安倍はどうする。(敬称略)

近聞遠見:毎日新聞 2013年08月03日 東京朝刊=第1土曜日掲載

<「頂門の一針」から転載>

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