石岡 荘十
「日本の心臓血管外科専門医はレベルが低過ぎる」
こんな評判を返上しようと、専門医の認定をする認定機構が、すでに専門医として認定されている看板を5年で更新することを決め、その基準を公表している。
といっても、マスコミはほとんど取り上げていないから、日ごろからこの分野に関心の薄いむきは、「それがどうした?」と思われるかもしれない。しかし、じつは高齢者、とりわけ団塊世代以上の方々の余生に、大いにかかわりのある制度変更である。
心臓に関連のある3つの学会で作っている「心臓血管外科専門医認定機構」が専門医制度を発足させたのは2002年。
その翌年11月、ペーパーテストを行なった結果、受験者の7割を越える1600余名が合格。テストは毎年1回行なわれている。
ところが、受験資格が「手術経験たった20症例」という低いハードルだったため、「もどき」が一丁前にメスを握ることを許すこととなり、結果、手術ミスで患者を死なせるケースが続出した。
それはそうだろう。
欧米ではほとんどの国で、受験資格として最低300件の手術経験という条件を課した上で、厳しい実技試験を経なければ専門医のライセンスはもらえない。
しかも毎年最低でも数百件の手術を継続、スキルを維持するというのが常識だから、日本の専門医制度は、「世界の非常識」なのである。
「毎年、最低100件を手がけ続けなければプロとしての技術は維持できない」といわれる。そうだとすれば、1人年間100例を手がけてスキルを維持するためには、日本では18万人を切りまくらねばならない計算になる。
ところが、日本で心臓手術が必要な患者は年間4〜5万人しかいない。認定されている1800人余の心臓外科医がめぐり合う手術のチャンスは、単純な計算で30例足らず。これではろくな専門医は育たない。
そこで専門医認定機構は、昨年の認定試験から受験資格の中の手術経験を、いままでの20例から50例に引き上げることとなった。
さらに、一旦、認定した専門医を対象に、5年間で専門医のライセンス、“お墨付き”を見直すことになったのだ。そのポイントは、「5年間に術者(執刀医)または指導医として100例以上の手術経験を有すること」。
ほんの少しハードルが高くなった。しかし、「世界の非常識」であることに変わりは無い。
実技試験は無い。運転免許以下である。ペーパーテストの合格者に、いきなり路上運転を許すようなものだ。
外国での長い経験があり、毎年コンスタントに数百件をこなすベテラン外科医は、こういう。
「欧米では一人前の心臓外科医になるには執刀・助手・術後管理取り混ぜて5000例ほどの経験が必要だとされている。ひとつの病院で年間2000例をこなす例は診る、あるいは学ぶことができる。5年でゆうゆう5000例に達する。
これだと、日本が欧米の基準に達するのに100年はかかる」
小児科や産婦人科は医師不足だというのに、心臓外科専門医は多すぎる。多すぎる医者が少ない患者を奪い合って、医療ミスを連発している。
人口が日本のほぼ倍のアメリカの胸部外科会員は500〜600人。日本の専門医の3分の1だ。オーストラリアは60人。これに習うと、日本で必要な心臓外科医は、200〜250人で賄えることになる。
さらに規模の小さな病院が多すぎる。だから手術経験の蓄積ができない。
「車で20分も行けば着くところにある病院は統廃合して、ひとつの病院の症例数を増やす施策をとらない限り、外科医のスキル、手術経験はあがらない」とベテラン医はいう。
日本では、ひとつの病院で1000例をこなすところは1つか2つだ。仮に、500例以上ということにすると、99パーセントの病院は潰れてしまう。
欧米の病院は1000例が基準だ。ドイツでは、年間3000とか5000例というところもある。
欧米だけではない。中国も1000例が基準で北京には4000例の病院もある。韓国、台湾、ベトナム、シンガポール、インドネシアも同様、1000例が基準だ。
「症例数が多ければいいというものじゃない」と医師会は抗弁するが、いざ心臓手術となったときに、患者は年間50例の病院を選ぶか、500例の病院か。いや、ほとんどの患者は病院を選ぼうともしない。だから「もどき」がはびこっている。
こんな話は、業界紙にくらいしか出ていない。したがってほとんどの人は無関心だ。
すぐそこまで来ている団塊世代は心臓病予備軍である。彼らを含めこれからも高齢者中心に、“もどき心臓外科専門医”の絶好のカモになるだろう。
(ジャーナリスト)