2013年09月18日

◆日中友好を願うは大罪

渡部 亮次郎


日中国交正常化以前、日本人で日中「友好」なんて口にする者はいなかった。昭和47年、政権を獲得したばかりの田中角栄氏が首相として北京に乗り込んだ途端に中国が言い出した言葉なのである。

日本人は愛する者に「愛している」とは言わない。気恥ずかしいからである。口には出さぬが深く愛しているのである。奥ゆかしいのだ。

中国人は愛して無くても口先では愛しているという。共産党の幹部になると愛人が何十人もいるという猛者がいるそうだ。今回、党籍を剥奪された前重慶市党委書記薄煕来氏は、その理由として愛人問題が指摘された。愛なき愛人が一杯いるのだ。

「多くの女性と不適切な関係を持った」。おゝこわ。

彼らは彼らの都合で日本を餌食にしているだけなのに、こともあろうに対中、対韓関係の改善を急ぐべきだなどと頓珍漢な主張を掲げて自民党内の主導権獲得を目指す人いるのにはのには呆れるばかりだ。

私は1972年9月、田中角栄首相にNHK記者として同行し、日中国交正常化の現場に立ち会った。その6年後に今度は園田直外相の秘書官として日中平和友好条約の締結に力を尽くした。ODA(政府開発援助)供与開始に責任を負ったのである。

このときの中国は毛沢東、周恩来が既に世を去り、共産党資本主義を掲げるトウ小平の時代に入っており、工業、農業、国防、科学技術の近代化(四つの現代化)実現に狂奔しており、わが方の莫大な資金と科学技術が必要不可欠になっていた。

元々中国が佐藤内閣までの聞くに堪えない日本非難を突然止めて中日友好こそがアジアの安定を齎す、そのためには戦時賠償を放棄するといって田中内閣に国交正常化を求めてきた時、わが方は日中戦争の贖罪意識もあって簡単にその手に乗った。彼らが全体主義国家であることを忘れた。人情で考えてしまったのだ。

また日中平和友好条約の時は、彼らの方から「覇権主義称揚の禁止」を条約中に書き込むことを執拗に要求してきたため、田中、三木両政権は対応できず、調印、締結を断念した。

今思えば、この頃わが方は完全に中国の掌の上で裸踊りを踊っていたのだ。なぜなら3度目の政治復活を果たしたトウ小平は、わが世の春を謳い、国の舵を資本主義に切り替え、アジアにおける覇権確立を企図していた。

そのためにはとりあえず日本の資金と技術を獲得することを主眼としていたのであるから、条約の区々たる文言なんかどうでもよくなっていたのである。6年も纏まらなかった条約が、人民大会堂でなんらの議論もなしに妥結したのを思い出す。中国は都合が変ったのである。

あれから34年。江沢民、胡錦濤時代になって急に対日姿勢が厳しくなったように誤解する向きがあるが、違う。所得、地域格差の矛盾に悩む共産中国が体制維持のために求める敵を日本と設定しただけであって、靖国は方便に使われているに過ぎない。それなのに靖国を総裁選挙の争点にするとは売国的大罪である。中国の手に乗ってはいけない。

政治は共産主義のまま、経済だけを資本主義に切り替えたトウ小平。国が僅か30年で世界2位のGNP大国になるとは予想していなかったはず。まさか航空母艦を持つ海軍大国になるなど予想していなかったはずだ。

精々国中を新幹線が走るぐらいの夢しかなかったはずだ。だからあのときは海底に眠る石油とガが欲しくて尖閣棚上げを主張したのである。

それが今や目的が変わった。海軍国家中国として太平洋の半分を制覇するためには尖閣が邪魔でしかたなくなったのである。それなら「奪ってしまえ」となったのである。

この期(ご)に及んでも中国と「友好」でなければいけないと主張する輩(やから)が自民党員にもまだいるらしいが、やめたほうが良い。

「中日友好」は「日本強奪」の包み紙なのである。それなのに「日中友好」を日本人が願う事は当に「大罪」なのである。

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