百地 章
国家も含めてどんな組織にも代表者がいます。一口に元首といってもその権限は実にさまざまですし、私たちはもっと柔軟に考えるべきです。
昭和63年秋、昭和天皇が重い病に伏された折、英国の大衆紙サンと デーリー・スターが、陛下に対する悪意に満ちた侮辱的な社説を掲載しま した。これに対して駐英大使は抗議文を送り、その中で「日本国の元首である天皇陛下」という表現を使っています。
頼りない政府答弁
しかし、これに社会党の議員が異議を唱えました。政府は「天皇が元首かどうかは定義次第であり、元首といっても差し支えない」と反論しましたが、何とも頼りない答弁でした。
実は、憲法学者の間でも、かつては「天皇はもはや元首ではない」とする人の方が多かったのです。その理由は、天皇が「統治権の総攬(そうらん)者」であり、「元首」と明記された(第4条)明治憲法と違い、現行憲法では天皇はもはや「象徴」にすぎず、外国に対してもわが国を代表するような政治的権限を持たないから、というものでした。
このような混乱は、元首の定義があいまいなことに起因しています。
それでは、一体、元首とは何でしょうか。「元首」という言葉は中国古典に由来しますが、明治時代にドイツ語のシュターツオーバーハオプト(国家の首長の意味)の翻訳語として使われるようになりました。英語でも元首はhead of stateといいますが、要は国の代表者と考えてよいでしょう。
さまざまな世界の元首
今日では、実際に政治的な権限を持っても持たなくても、国を代表する者が元首とされています。例えば、アメリカの大統領は強力な外交権を有しますが、イギリスの女王は形式的な権限しか持たず、実際の外交は首相が行っています。
また、スウェーデン国王のように、政治的権限はほとんど持たないのに、憲法で元首とされているケースもあります。
それゆえ、わが国の天皇も日本国と日本国民統合の象徴であり、外国に派遣する大使や公使の信任状を認証したり、外国からの外交使節を接受する権限を持ちますから、元首と考えるのが自然でしょう。近年では、有力な憲法学者たちも天皇を元首とみています。
そのため、現状でも天皇は元首だから、わざわざ明記する必要はない、とする意見もあります。しかし、解釈だけでは再び混乱が生ずる恐れがあります。他方、「象徴天皇制は定着しており、元首ではかえって違和感を与える」「元首にすると、天皇の権限が強化されてしまう」といった反対意見もあります。
しかし、「象徴」と「元首」は次元が異なりますから矛盾しません。現にスペイン国王のように、元首で象徴でもあることが憲法に明記されている例もあります。また、元首にしたからといって、それだけで権限が強化されたりしないことは、スウェーデン国王の例から明らかでしょう。
ですから、天皇の地位を明確にし、混乱を解消するため、最近の憲法改正案では、自民党案のように天皇が元首であることを規定する例が多くみられます。産経新聞の「国民の憲法」要綱でも、天皇を元首と明記しました(第2条)。
【プロフィル】百地章ももち・あきら 京都大学大学院法学研究科修士課程修了。愛媛大学教 授を経て現在、日本大学法学部教授。国士舘大学大学院客員教授。専門は 憲法学。法学博士。
産経新聞「国民の憲法」起草委員。著書に『憲法の常 識 常識の憲法』『憲法と日本の再生』『「人権擁護法」と言論の危機』 『外国人参政権問題Q&A』など。66歳。
産経ニュース 【中高生のための国民の憲法講座】2013.9.21
<「頂門の一針」から転載>