2013年10月07日

◆老化現象早見表26カ条で思う

岩見 隆夫


老化現象早見表のことを知ったのは、亡くなった作家、小島直記さんの本である。『人生まだ七十の坂』(新潮社・1990年刊)を頂戴した時 は私もまだ五十代なかばで、そのうちに、と本棚に収めておいた。

病を得て暇ができたというのもおかしいが、生前何かとお世話になった小島さんのこの本を取り出してみると、男性の老い方徹底研究のような内容で、いまの私にはフィットする。面白いだけでなく、人生勉強になる。なかに次の記述があった。

〈『サンデー毎日』に市川三郎という人の「只今商談中」というのが20年間も連載されていたことがあり、私も愛読したものです。その昭和55年5月11日号にのった老化現象早見表とでもいうべき26カ条の老 人性症候群は……〉

市川さんの人気コラムは私も記憶が鮮明だ。洒脱(しやだつ)でワサビが利き、それでいてどこかとぼけたような文章の味が忘れられない。さっそく、毎日新聞社にお願いして、市川コラムのファクスを送ってもらった。

26カ条を一読してみて、失笑、苦笑なのだが、昭和55年と言え ばいまから33年前、従って通用するものもあれば、しないものもあ る。この年は、たしか大平正芳首相が急死して、衆参ダブルとか奇妙な選 挙が行われ、政情騒然としていた。しかし世相はそうでもなく、なんとな く浮ついていた記憶がある。

まあ、26カ条の早見表をとりあえずご覧いただこう−−。

(1)二日酔いするほど飲まなくなったとは、思いませんか。

(2)近所の娘さんをお見それするようなことは、ありませんか。

(3)駅の改札口で、駅名を3度ぐらいいわなければ、係員に通じないことはありませんか。

(4)買い物に出かけて、何を買いにきたのか、忘れてしまうようなこ
とはありませんか。

(5)電話のダイヤルをまわしきらないうちに、指をはなしてしまうことはありませんか。

(6)おしゃべりしているBGたちも、あなたの顔を見るとピタリとやめるようなことはありませんか。

(7)会社のあなたのデスクの引き出しに、竹製の耳かきが入っていませんか。

(8)憎まれ役を買って出ようと思ったことは、ありませんか。

(9)奥さんに注意されるまでツメののびているのに、気がつかないことはありませんか。

(10)きのうの新聞を、きょうの新聞だと思って読むようなことはありませんか。

(11)あなたのシャレがバーのマダムにも通じないようなことはありませんか。

(12)バスつきのルームでは温泉へきたような感じがしないと、思ったことはありませんか。

(13)立ち上がるとき「どっこいしょ」と思わずいうようなことはありませんか。

(14)おでん屋のオヤジに「ダンナ、お気をつけなすってッ」とかえりぎわに、いわれたことありませんか。元気な人には絶対にいわないコトバですからね。

(15)「新喜劇でも見に行くか」と、思ったことありませんか。

(16)叱ろうと思いながらも「まァいいさ、いいさ」というような ことはありませんか。

(17)「愛情」ということばより「情愛」ということばに心ひかれるようなことはありませんか。

(18)乾杯の音頭取りをたのまれたことありませんか。

(19)よく気がつく女のコが相手だと、くたびれるようなことはありませんか。

(20)パーティーへ行って、イスがほしいとは思いませんか。

(21)バーやキャバレーに行っても「さァ、ボチボチ引きあげようか」と口火を切って、いちばん先に腰を浮かしたい衝動にかられませんか。

(22)出張費を浮かすよりいい宿でゆっくり休みたくはありませんか。

(23)だまされた経験ばかりだったと、ふと思うようなことはありませんか。

(24)駅のベンチで、ヒトリゴトをいうようなことはありませんか。

(25)宴会に出席しても、芸者に「まァ、ここへすわれ」といわなければ、芸者が素通りしてしまうようなことはありませんか。

(26)「まァ、めずらしく甘いモノをほしがるのね」と、奥さんにいわれることありませんか。

〈以上、自分は達者だと思っていても、老化現象はソコハカトナクしのびこんできたのですぞッ〉

というのが市川さんの締めの言葉。

◇高齢社会を生きる知恵〈老人らしさ〉を教えて

小島さんによると、高名な英文学者の中野好夫さんも、この26カ条 を見ていて、『私の消極哲学』というエッセーのなかで、(1)(5)(13)(16)(18)(20)(23)(25)の8カ条をピック アップし、

〈まことにドンピシャリである。もっとも市川氏によれば、これらはすべて老化現象の初期徴候だそうだから、すでに齢(よわい)喜寿を過ぎた筆者が、一針チクリと刺されるのはむしろ当然かもしれぬ〉

と呑気に書いたそうだ。このうち(5)だけは、いまの若い人にはわからない。だが、中野さんはこの時すでに77歳(1985年81歳で 死去)。老化の初期徴候どころか、老人そのものである。それがどうも曖 昧なまま自覚されていなかったらしい。

26カ条まで引用させてもらいながら恐縮だが、市川さん、小島さん、 中野さんら先輩世代は、あのころ、〈老人〉という年齢的線引きのわきまえがなく、ぼんやり老化現象として眺めていた。だから、早見表を見て楽しむ、日本はまだ結構な時代だった。

いまは人口構成の状況がガラリと一変、65歳以上の高齢者(老人) が総人口のうち3千万人を超えてしまったのだ。老化現象などと言ってる 暇はない。高齢社会を上手に円満に生き抜くには、〈老人らしさ〉のほうが問われているように思う。どなたか、〈らしさ〉の早見表をつくっていただけませんか。

<今週のひと言>

ことのほか、秋がいい。あの夏のあとだから。

2013年10月02日サンデー時評
(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)
(サンデー毎日2013年10月13日号)

  <「頂門の一針」から転載>

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック