2013年10月11日

◆「原爆の子」と「原発の子」

平井 修一


長田新(おさだあらた、1887年−1961年)と言っても今ではほとんどの人が知らないだろうが、「原爆の子」という作品があると言えば多少は記憶がよみがえるかもしれない(注1)。

彼はその序でこう書いている――

<原子エネルギーは、一方では人類を破滅に導くなどの恐るべき破壊力をもってはいるが、一度それを平和産業に応用すれば、運河をうがち、山を崩し、たちまちにして荒野を沃土に変え、さらに動力源とすれば驚くべき力を発揮し得るということをわれわれは聞いている。

かつてはジェイムズ・ワットの蒸気機関の改良によってあの偉大な産業革命が推進されたが、原子力の平和産業への応用は、平和的な意味におけるいわゆる「原子力の時代」を実現して、人類文化の一段と飛躍的な発展をもたらすことは疑う余地がない。

初代原子力委員会委員長のリリエンソールはこう言っている。

「原子力を新しい動力源として利用すること、これはおそらく10年ないし25年先のことではないだろう」

動力源に極めて乏しいわが日本にとって、原子力の動力化は特に興味を引く。ブラッケット教授は「原子力発電単価の最も楽観的な予想は、石炭発電のどれよりも低く、また最も悲観的な予想すらイギリスの石炭発電の原価と等しく、アルゼンチンのそれよりはるかに低いことが判る」と言っている。

われわれは原子力発電が具体化された暁には、現在の数百分の一の安価な電力を得ることができる。原子力は「悪をもたらす性質」としてのみとらえるべきではなくて、「偉大な善をもたらす道」としての原子力の平和利用に向かって、人類は前進しなくてはならないし、またそれは可能である>

これが書かれた1951年は小生の生年である。当時はこれが原子力(核)開発をめぐる日本と世界の「空気、潮流」で、岩波などの共産主義者やおそらくすべてのマスコミも「平和利用」の明るい未来を一点の曇りもなく信じていた。

原子力事故は少なくない(注2)。世界に知られる大事故としては1979年の米国ペンシルベニア州スリーマイル島原発事故、1986年のソ連チェルノブイリ原発事故、そして2011年3月11日の福島第一原発事故がある。

スリーマイルとチェルノブイリの事故は人為的ミス、福島は未曽有の大地震による津波という自然災害による。いずれも当時は想定外の原因で、だからこそ大事故になった。

長田が発言を引用した「リリエンソール」は David E. Lilienthal。米原子力委員会の初代委員長(1946−1950年)だが、スリーマイル島事故の原因についてこう書いている。

「結論じみた調査が多く行われるなかで、おもな原因を“操作ミス”に帰する傾向がみられている。しかし“操作ミス”の可能性、さらには必然性を考慮に入れて発電所を設計するのが設計者の責任である。

いかによく訓練され、強い意志をもった人であっても、やはり人間であり必ずミスをしうるのであるから、そのような人間が運転することを考えて発電所は設計すべきである」(注3)

チェルノブイリの事故後だろう、彼は「原子力発電はキメラ(怪物)であるかもしれない。石炭、石油、水力などに対する価格競争力をもっているにしても、良い選択なのかどうか」と疑うようになっていたという(注4)。

第一線を担ったプロでさえ「原発の是非」を判断しかねているのだから、「脱原発」を唱える人々がいるのは理解はできる。ただ、まったくの素人の小生の管見だが、原発を停めたら日本経済は確実に失速するとは断言できる。

貿易立国である日本が原発を停めれば、これまで1000円で輸出していたものが1300円になるかもしれない。原発を盛んに新設している中韓(注5)が安い電力を使って700円で輸出するとすれば、日本の国際競争力は最早ない。

日本経済は瀕死状態となり、油もガスも輸入する金がなくなり、一流国から三流国へ転落する。われわれの快適な暮らしも終わりになる。太陽光発電などがコスト面を含めて実用化されるのはまだまだ先で、今のところは脱原発も再生可能エネルギーも「夢想」のレベルで、とても当てにはできない。

山本夏彦翁は「一度なったら、ならぬ昔には戻れない」と言った。原発のみならずケータイやネットがなかった時代へは戻れないのである。経済成長し続けなければ脱落するのが資本主義で、それに代わる経済システムがないのだから、われわれ「原発の子」は「世界一安全な原発」という理想を目指して走り続けるしかないのだ。               ・・・

注1)長田新は教育学者。広島文理科大学(現広島大学)教授在任中、1945年8月6日の原爆に被爆し重傷を負ったが、家族や教え子の看護で九死に一生を得た。

後に原爆が人間、特に感受性の強い児童の精神にどのような影響を与えたかに強い関心を持ち、被爆した児童の手記を集めて平和教育の研究資料として「原爆の子−広島の少年少女のうったえ」を1951年10月に刊行した(初出は岩波書店「世界」1951年8月号)。

注2)原子力事故は公表されているものだけでも1945年の米国ニューメキシコ州ロスアラモス国立研究所での事故がある。ここは米、英、カナダが原子爆弾開発・製造をすすめる「マンハッタン計画」の拠点だった。それ以後も1952年のカナダ・オンタリオ州のチョークリバー研究所原子炉爆発事故、1957年のソ連ウラル核惨事などがある。

注3)Atomic energy : A New Start, Harper & Row、1980

注4)Steven M. David Neuse, David E. Lilienthal: The Journey of anAmerican Liberal、1996

注5)IAEA(国際原子力機関)によれば、2013年7月時点で世界で運用中の原発は432基、建設中は65基、計画中は167基ある。中でも日本経済のライバルである中韓は原発開発を盛んに進めており、中国は15基の原発を持ち、建設中は30基、計画中は200基近くもある。

韓国は20基の原発を持ち、建設中は5基、計画中は7基あり、日本の3分の1の価格で消費者への電力供給を実現しているという。
<「頂門の一針」から転載>
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック