2013年10月12日

◆「中国夢」…習主席と李首相は同床異夢

石 平


10月1日は中国の「国慶節」、つまり建国記念日だ。人民日報の1面は恒例の祝賀社説を掲載したが、そのタイトルはずばり、「現代中国のために夢の力を結集せよ」である。

昨年11月の習近平政権発足以来、習国家主席自ら言い出した「中国夢」というスローガンは今や政権の最大のキャッチフレーズとなっている。習主席自身が日々念仏のように唱えている以外に、全国の宣伝機関を総動員して一大宣伝キャンペーンを行い、国民への浸透を図っている。

上述の人民日報社説は、まさに「中国夢」の宣伝キャンペーンに沿ったものである。社説は習主席の言葉を引用しながら「中国夢」の「偉大なる歴史的・未来的意義」を熱っぽく語り、「夢」という言葉を連呼してテンションを上げている。「習主席による、習主席のため」の提灯(ちょうちん)論説そのものである。

だが、同じ1日付の人民日報の2面に掲載されている一通の講話は、それとは趣をまったく異にしている。

9月30日、中国国務院は国慶節のための祝賀会を催した。そこで祝辞を述べたのは国務院総理(首相)の李克強氏である。翌日の人民日報に掲載された祝辞の全文を読むと、中国政治に敏感な読者なら誰もが、その異様さに気付いたであろう。

前述の人民日報社説とは打って変わって、李首相の祝辞は習主席の「中国夢」に極めて冷淡な態度を示しているからである。習主席自身も祝賀会に出席している中で、李首相がこのキャッチフレーズに触れたのは祝辞の最後の一度だけだ。

それは、目の前にいる習主席への最低限の配慮であるにすぎない。祝辞全文を読めば、李首相が注目しているのは社会的不公正の是正など現実的な問題であって、「民族の偉大なる復興」などの壮大なる「夢」にはまったく興味がないことは明白である。

内部の分裂をできるだけ外部に見せないという秘密主義の指導体制の中で、李首相の祝辞はむしろ、許されるギリギリの線で自分と習主席との考えの違いを明らかにしたものだ。共産党最高指導部内の同床異夢は、もはや隠しようのない事実である。

「中国夢」にそっぽを向いた代わりに、李首相が祝辞の中でわざと言及したのは「科学的発展観」である。「科学的発展観」というのは、胡錦濤前国家主席が提唱した政策理念の集約語で、胡錦濤政権の一枚看板である。

それが後にトウ小平理論や「3つの代表」思想と並んで党の指導思想のひとつだと位置づけられているが、習政権の発足以来、「科学的発展観」は早くもお蔵入りにされている。特に習主席自身が今年に入ってから、この言葉をほとんど口にしなくなっていることは注目されている。

したがって、胡前主席が率いる「共青団派」の次世代リーダーとして今の最高指導部の一角を占める李首相が、わざとこのキャッチフレーズを持ち出したことは、「胡錦濤離れ」を鮮明にして独自路線を突き進もうとする習主席に対する牽制(けんせい)であるとも理解できよう。「そのままではわれわれは黙っていられないぞ」との脅しである。

実は同じ日の人民日報1面に、もうひとつ注目すべき記事が出ている。9月30日に共産党政治局が会議を開き、「科学的発展観学習綱領」の草案を審議し、全党への配布を決めたという。

その中で、政治局会議は「科学的発展観」を高く評価した上で党員幹部全員に学習を呼びかけたが、その意味は要するに、習政権になってから冷遇されてきた前政権の「指導思想」が今、「共青団派」の反撃によって見事な復権を果たした、ということであろう。

それに対し、自分中心の指導体制づくりを急ぐ習主席がどう動くかが今後の焦点となるが、党の指導方針をめぐっての最高指導部内の政争は、今後、熾烈(しれつ)さを増してゆきそうである。
                  ◇

【プロフィル】石平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、
神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活
動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
産経ニュース【石平のChina Watch】 2013.10.10 11:05

  <「頂門の一針」から転載>
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