渡辺 利夫
現在の発展パターンでは、成長の持続性は期しがたい。中国の指導部がこの認識にめざめて久しい。2006年に始まる第11次5カ年計画ですでに「発展方式の転換」の重要性が強調され、11年の第12次計画採択時のスローガンもこの「転換」であった。
≪発展方式転換、行うは難し≫
昨年11月に党総書記に選ばれた習近平氏が、達成すべき諸課題のうち優先順位の最も高いものとして掲げたのが、やはりこの「転換」である。要するに10年以上、その重要性が指導部に強く認識されながら、どうにも解決されない課題が、発展方式の「転換」なのである。
第11次計画期間中にリーマン・ショックに襲われ、急低下した成長率の復元を求めて、政府は空前の規模の緊急景気刺激策を打ち出した。これが奏功してV字型の成長回復がなり、世界経済を下支えして中国経済のプレゼンスは一段と大きなものとなった。
中国がGDP(国内総生産)額で日本を上回ったのも、この景気刺激策のゆえである。しかし、巨額の刺激策は「転換」の課題解決の道をはるかなるものとしてしまった。
中国の発展方式の特徴は、内需において投資依存度がきわだって高く、他方、家計消費が一貫して低迷してきたことである。景気刺激策は、すでに高い投資依存度を一段と押し上げてしまった。
景気刺激策として未曽有の金融緩和政策がとられ、マネーサプライが急膨張した。これにより潤ったのが、機会あらば投資拡大を狙う地方政府であり、地方政府は傘下企業の不動産、インフラ、都市建設などへの投資拡大を誘った。地方政府の過剰債務と過剰投資こそが、中国を高い投資依存経済たらしめた主役である。
中国の投資依存度は、世界の市場経済国の歴史に類例のない高さにある。本欄(12年11月7日付)でも警告の意をこめて指摘したことだが、過去の最高値は日本の「いざなぎ景気」時、ならびに韓国の「漢江の奇跡」時であった。
この時期でさえ、日韓の投資依存度が4割を超えることはなかった。現在の中国はほとんど5割に近い。異様なる高水準である。日韓は最高値を達した直後に起こった資本ストック調整により、厳しい成長減速を余儀なくされたのである。
≪やまぬ地方の「投資飢餓症」≫
中国の地方政府の“投資飢餓症”はやむことがない。地方政府相互が激しい成長の鍔迫(つばぜ)り合いを演じている。地方政府は、上位から下位へ省、市、県、郷・鎮と連なるが、それぞれのレベルの地方政府がインフラ、不動産、都市建設への投資を競い合って高成長を顕示している。
共産党内の序列は上位の地方党委員会によって決められ、序列決定の考課基準は地方の成長実績いかんである。
企業投資であれ公共投資であれ、投資が積み上がっていけば、過剰投資・投資効率低下の悪循環にはまりこみ、投資主体の財務体質の悪化が避けられない。
市場経済であれば、過剰債務と過剰投資は市場の抗(あらが)いがたい力によって整理されるが、強い権力をもつ地方政府は成長率低下を恐れ、新たな融資先を求めて投資依存度をさらに引き揚げようと努める。
中央政府の金融規制の枠外に投資会社(「融資平台」)を構築し、この平台(プラットホーム)で高利・短期の「理財商品」を開発、ここに個人や企業の民間資金を呼びこんで投資拡大をやめない。
正規の銀行を経由しない金融メカニズムがシャドーバンキング(影の銀行)といわれるものである。その規模はGDPの40〜50%に及ぶともいわれるが、正確な額は捕捉されていない。コントロールは容易ではあるまい。
≪負債圧縮とミニ刺激で綱渡り≫
リーマン・ショックからすでに5年を経過、「転換」がまったなしと見据えて、李克強首相は景気減速をも厭(いと)わず経済のデレバレッジ(負債圧縮)に取り組もうとしている。負債額が巨大規模に達し、統御不能なものとなりかねないことへの指導部の懸念はいつになく強い。
しかし、地方政府は、中央のマクロコントロールによっては動かしがたい強固な利益集団と化している。何よりデレバレッジによる成長減速は、雇用や家計所得の低迷につながるために、成長率には政治的に許容可能な「下限」が存在する。
下限はおそらく6〜7%という狭い範囲の中にあろう。下限を下回れば政治経済の負のスパイラルが発生するリスクがある。
政府は将来のより大きな資本ストック調整を回避するために、負債圧縮を漸次進める一方、成長減速にはミニ景気刺激で応じるという綱渡りをつづけるしかない。中国高度成長の時代はもはや過去のものとなったのである。
家計消費を中心とする安定的な内需主導経済への移行が中国経済の最 終的目標であるが、そこにいたるまでかなりの長期にわたってつづくであろう緊張に中国経済がはたして耐えられるか。尊大な表の顔の向こうに、なにかに戦(おのの)くような裏の顔が見え隠れしている。
(拓殖大学総長・わたなべ としお)産経ニュース【正論】 2013.10.25
<「頂門の一針」から転載>