2013年11月28日

◆エネルギー政策の未来

佐藤 鴻全


小泉純一郎元首相の原発ゼロ発言が波紋を呼んでいる。
11月12日には、日本記者クラブで、即時ゼロが望ましいと安倍首相に 呼びかけた。

◆小泉発言の理由◆

何故、小泉氏が今の時期に一連の発言をしたのかについては、概ね下記の理由が推察される。

●汚染水漏れ等の余りのマネジメント破綻ぶりに、米国エスタブリッシュメントの総意として懸念が伝えられた。

●米国石油メジャー=共和党中枢筋から、シェールガス売り込みの為に働き掛けがあった。

●小泉氏は使用済み核燃料の最終処理場問題を純粋に考えると同時に、デメリットが顕在化してきた郵政民営化に代わり、原発ゼロで歴史に名を残したいと考えている。

●原発ゼロをショック療法として使い、逆に使用済み核燃料の最終処理場決定を国民に向かって促している。

今後の展開を見なければ、断定的な事は言い難いが、恐らくこれら複数の要素が合わさって小泉原発ゼロ発言が為されたと思われる。凡そ人の言動の動機は、複数の要素や背景が合わさって行われ、時にはそれらが相矛盾している事すらある。

小泉発言に於けるそれぞれの要素の割合や関係は、現時点では明確ではない。

実は小泉発言に先だって、小泉政権で実質的に具体的な政策決定を行っていた竹中平蔵氏は、福島第一原発事故直後から折に触れて原発ゼロ発言を行っている。その理由として、竹中氏は予備電源装置を機密性のない地下階に設置した合理的思考の欠如や、原発運側と監督側が癒着した体質を挙げ、日本社会は現時点で原発を運用する資格が無いと述べた。

なお、これはフランスの経済学者・思想家、ジャック・アタリ氏の考えとほぼ同様だ。
(但し、アタリ氏は、合理的対策を講じた上で日本は原発を再開すべきとの考えだ。)

何れにせよ、政権時代の小泉氏と竹中氏の一蓮托生ぶり及び米国益実現への尽力から見て、今回もマイケルグリーン氏等の米国対日工作筋を通し米国から何らかの指令が出ている事はほぼ間違いないだろう。

◆エネルギー政策の未来◆

さて、小泉発言とその今後の広がりは兎も角、日本は原発を含めたエネルギー全般について今後どのような政策を採るべきなのか?

言わずもがなだが、日本に限らず全ての国家社会の存在意義は、国民に「安全で豊かな暮らし」を提供する事に有る。そして安全には、各分野での安全保障を含む。日本のエネルギー及び原発政策については、下記の点が考慮されなければならないだろう。

(1)原発事故の可能性と万一発生した時のリスクが、最小化されなければならない事。

(2)石油ガスの輸入ルートが断たれないようにすると共に、万一断たれた場合に備えエネルギー自給率を高める事。(エネルギー安全保障)

(3)発電コストと輸入燃料代による海外への資金流出を最小化する事。

(4)核武装の潜在的可能性を持つ事により、他国による日本への核兵器使用と核拡散を牽制する事。(軍事的安全保障)

上記(4)について述べれば、核兵器への無条件アレルギーは別としても、米国の核の傘に入っている以上自国の核武装は不要だとの考えや、「レンタル核」で米国から核ミサイルボタンを借りればよいとの構想や、そもそも使用済み核燃料の捨て場に困っているのだから現存のそれを核兵器開発に使用すればよいとの考えもある。

もしこれらが半永久的に政治的にも技術的にも成り立つのであれば、日本の原発維持と核武装の潜在的可能性は切り離して議論が可能であるが、半ばタブー化されて原発維持論者側からも原発廃止論者側からも殆ど具体的な意見が出ておらず、霞が掛ったような状態であり、即ち日本では原発問題の半分が論じられていない状況だ。

上記の各項目は、相矛盾する部分がある。

しかし、これらを踏まえて、即時原発ゼロから原発促進の中で選択しなければならない。

理想を言えば、早期に画期的な代替エネルギーが開発され、中国を含めた国際情勢が安定し、世界が急速に核兵器廃止へ向かうならば即時原発ゼロもあり得るが、現実はそうなっていない。

一方、前述の無責任体制の中での福島第一原発事故や、事故後に仮設冷却電源の配電盤がネズミに齧られた件、度々起こる高濃度汚染水漏れ、高速増殖炉もんじゅから国の「緊急時対策支援システム」へのデータ送信停止等々を見ると、原発の安全性が合理的に確保されているとは言い難い。

トルコ等による日本の原発導入選択も、福島第一原発事故から教訓を学び対策を講じて日本の原発は安全性が高まっているとの期待が作用しているが、現状を見る限り美しき誤解と言わざるを得ない。

しかしながら、そこを乗り越えて何としても合理的安全確保を果たした上での当面の原発再稼働と、代替エネルギー開発・火力発電の高効率化を図り原発依存度を下げて行くのが日本のエネルギー政策の現実的な選択肢だと言うのが、月並みながら各点をトータルで考慮した上での筆者の結論である。

なおそのためには、福島第一原発事故の官民の責任者処罰が不可欠だろう。

人間の知恵には限界があるが、過去の失敗について虚心坦懐に反省し、それに対し最大限合理的な対策を講じた上で、種種の選択をして行かなければならない。

人類の未来はそこにある。

<「頂門の一針」から転載>
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