2013年11月28日

◆日本非難の本ばかり(4)

平井 修一


何事も表裏がある。歴史は正史と裏面史がある。個人でも公にしていいことと、あまり触れたくないことがある。「歴史家の義務は第一に一切の事実を描き出す努力を続けることだ」と哲学者の適菜収は言い、こう続ける。

<歴史は現在の目を通して過去を見ることで、“歴史的事実”は歴史家の評価によって決まる。その歴史家も社会状況や時代に縛り付けられている。歴史家自体が中立ではあり得ないのだ。

だから第二に大事なことは、歴史家自体を研究することである。歴史家の判断を生み出した社会的、時代的背景を明らかにすることだ>

日本人が子孫に伝えていく正史として「日本人の物語」を書く際には、先祖が体験、見聞した事柄や、歴史家が収集した事柄をできるだけ多く集めて比較検証し、同時にその歴史家の素性を検証することが必要になるということだ。

小生の場合は、その歴史家が何によってメシを食っているかということをまず考える。下部構造(経済)が上部構造(オツム)を規定するとマルクスも言っている。だから誰が彼のスポンサーなのかと詮索するのだ。彼のタニマチは岩波書店か、朝日新聞か、大月書店か、青木書店か、共産党か、民主党か、社民党か、連合か・・・

共産主義者から金をもらって書いているのであれば、「こいつは怪しい、書いていることをチェックしないとダメだ、鵜呑みにはできないぞ」と思うのである。そういう判断力がないとコロリと洗脳されてしまう。

総じて日本人は人が良過ぎる、甘過ぎる、疑うことを知らな過ぎる、無防備過ぎる、インテリに弱すぎる。眉に唾して聞くべきなのに、すぐに信じて騙される。オレオレ詐欺なんて日本特有のものではないか。

「大東亜戦争の総括」には佐藤和男・青山学院大法学部教授の講演も掲載されている。こう語っている――

<私は今四つの大学で国際法を講義しておりますが、総じて学生たちがあまりにも近代史、現代史の認識に乏しく、しかも乏しい日本近現代史に関する知識の内容がきわめて歪曲されていることを慨嘆せざるを得ないような状況でございます。

私は40年近く大学で教えておりますが、一体どうしてこういう風に歪曲された歴史観がますます横行してきたのかと不信に思わざるを得ません。アメリカの学者やヨーロッパの学者などと話しても、とても納得できないと彼らさえも言うような、非常に歪んだ自虐的な歴史観を現代の日本人、特に若い世代は教えられて、洗脳されて持ち続けているのです。

私はこのような事態の出現には3つの大きな原因があったと思います。

簡単に申しますと、第一は、我が国は国際法上「有条件終戦」をしたにもかかわらず、国家ないし政府が無条件降伏したというふうにマッカーサーによってすっかり誤魔化されてしまったことです。

二番目は、戦闘状態が終わりまして7年間に及ぶ連合軍の軍事占領が続きましたが、この期間に、占領軍の検閲制度を通じて日本国民の表現活動に抑圧が加えられて、言論の自由が完全に奪われたことであります。

三番目には、そういう言論の自由のないところで、特に「東京裁判」の批判は絶対に許さないという厳しい検閲がおこなわれた体制のもとで、(国際法上非常に疑問が多い)「東京裁判」が昭和21年から23年にかけて行われまして、最終的にその判決の中で東條英機元首相以下7名の方に絞首刑を宣告し、かつその判決の主文の前の理由の部分で、いわゆる“東京裁判史観”といいまして、日本が昭和3年以来、国家的に侵攻意思をもって、いろいろと共同謀議をたくましくしてきて、そしてアジア各地に侵攻戦争の惨禍をもたらした、日本は犯罪国であると独善的に断定したことであります。

このような無条件降伏説の強弁と、検閲による言論の自由の弾圧と、さらには「東京裁判」を通ずるいわゆる“東京裁判史観”による日本国民の洗脳、これらが、非常に歪められた歴史の見方を、特に今の若い世代が持つにいたった原因であろうと思っております・・・

東京大学法学部に戦時中、二人の国際法学者がいらっしゃった。横田喜三郎先生、それから安井郁先生。お二人とも戦時中、命を賭してまでとは申しませんが、少なくとも職を賭してまで大東亜戦争の遂行に反対されたとは聞いておりません。公務員という立場でお二人とも戦争遂行に協力したと見られても当然であります。

それがどうでしょう。日本が負けると、横田博士は「東京裁判」の翻訳係になられたと聞いております。安井教授はマルクス主義者に転向して、現在都内の某私立大学に弟子の某教授がいますが、(某教授は)「愚直な弟子からすると、どうして敗戦の途端に恩師がマルクス主義に転向しなければならない必然性があったのか皆目わからなかった、ついていけなかった」と述懐しております。

一人はアメリカに、一人はソ連に顔を向けてしまった。横田先生は読売新聞に「昭和天皇(当時の今上天皇)は退位なさるべきだ。軍国主義の責任を取れ」とまでお書きになりました(昭和23年8月26日)。

しかし、その時に日本の国際法学者はこういう人ばかりではありませんでした。たとえば京都大学の田岡良一博士、早稲田大学の一又正雄教授、一橋大学の大平善教授、こういう先生方が厳しく「東京裁判」の国際法上の不当性を批判して「一体国際法上の根拠のない裁判をどうしてやるのだ」と私ども若い学徒に示してくださいました。

ところがこういう先生方の批判的論考は、学術誌といえども載せられないのです。占領軍の検閲制度のゆえでした>

勝ち負けは兵家の常だから戦争に負けることはある、占領されるのも仕方がない、勝者に都合のいい歴史を押し付けられたのもやむを得ない。しかし、1952年に占領解除、主権回復して60年たってもインチキ「東京裁判」史観に騙され続けているのは「思考停止」の愚の骨頂としか言いようがない。

蟷螂の斧ではあるけれど命ある限り「目覚めよ、日本人!」と言い続けるしかない。
(おわり)(2013/11/21)

<「頂門の一針から転載>
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