2013年12月03日

◆ロシア帝国を潰した日本(2)

平井 修一


(承前。パルヴスの「戦争と革命」から)

戦争は国家のすべての力、すなわち軍事的、行政的、財政的諸力の極度のある緊張を要求するだろう。

ロシアには平時で100万の軍隊がある。この数は巨大だが、ロシアはおそろしく大きく、国境線は7万キロにもなり、そのすべてで摩擦が起きている。全軍の3分の2が西部国境の防衛に必要とされ、残りが首都と中央アジアに配備され、これで全軍だ。

戦時になれば西部国境で軍隊を著しく増大しなければならない。長引けばなおさらである。

ロシア軍は予備役などを含めると300万人というが、現役を含めて質が劣る。現代の戦術の要求に応じていない。指揮官の声が聞こえなくなれば途方に暮れてしまい、まるで奴隷兵だ。

大きな思考力と意志力が必要とされる将校も、他の仕事ではほとんど役立たないような半可通ばかりである。共通しているのは大酒飲みだということで、知的関心による結びつきもない。また彼らと兵士との間に階級的な反目、身分的な反目もある。

この質の悪さは、旅順港での衝突でも真価を発揮した。日本艦隊の所在がまったく分からなかったのだ。すぐ近くにいたのに!

日本人は旅順港を含めてシベリアと満洲のロシアのすべての戦略拠点について驚くほど通暁している。日本人が支那との戦争の前に多数のスパイを派遣していたが、満洲でも長い年月にわたって調査をした。

だが、ロシアの軍当局は日本軍について平凡な情報も知らないようだ。敵軍の力への馬鹿げた軽蔑から、2、30万の軍隊で十分だろうと予想していたのだ。

官僚は戦争が国の統治全体に対して引き起こす問題を処理することはできないだろう。一連の敗北はツァーリ政府の行政機構を滅茶苦茶にするに違いない。

ロシアはトルコとの戦争で10億7500万ルーブリを費やしたが、日本との戦争ではこれをはるかに上回るだろう。戦費の調達はできるのか。ロンドンの取引所は1860年代から門戸を閉ざしている。1887年にはドイツもロシア国債引き受けを拒否した。フランスもロシア工業企業の株暴落で懲りてしまい、ましてや戦時国債のような大きな冒険的な債券購入には手をださない。

政府は戦争前に借款を取り決めようとしたが、完全な失敗に終わった。し戦争がロシアの勝利で始まっていたのなら戦債は可能だったかもしれない。しかし、まさに反対のことが起こり、これは借款を以後ずっとできないものにした。

日本の勝利が取引所でロシアの専制に加えた打撃は、海戦の損害よりももっと致命的だった。現在、取引所はツァーリに決定的な勝利を要求している。勝利がなければ金を出さない。ツァーリは血の海によってのみ大量の黄金を借りられる。だが実際には、勝利のためには何をさておいても金が必要なのである。

戦争は商工業全体を混乱させ、軍事支出に関係なく国庫収入は減少し、予算の作成は不可能になった。ロシアと太平洋全体との商取引は無に帰した。ベルリン銀行はワルシャワの工場主への融資を削減し、ヨーロッパ各地の銀行もそれに倣うだろう。

政府は軍事支出をいくらかなりともひねり出すために鉄道建設事業を中止したが、それにより製鉄、機械など工業経済も低迷していくだろう。

融資は得られず、貿易はすたれ、工業活動は麻痺する。そればかりか政府は金(きん)による支払いを削減し始めて紙幣を増発したが、やがては金本位制を放棄しなければならないだろう。これは財政破産宣告に等しい。

軍隊の混乱、行政の無秩序と無統制、金づまり、財政の破産、工業恐慌――これらはすべてツァーリの軍隊の軍事行動に反映していく。新たな敗北や、あるいは長期の退却だけでも国家の混乱を拡大し、士気を失わせ、社会に恐怖を起こし、民衆を憤激させ、政治的紛糾になるだろう。

各地での戦争はロシアを政治的破綻へと追いたてている。ツァーリ政府はロシアを屈辱的な状態に追い込んでしまったが、そこからの脱出は専制の撲滅しかない。革命だけがロシアの国民的勢力を高めることができる。 (つづく)(2013/11/29)

<「頂門の一針」から転載>
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