2013年12月10日

◆自衛隊の使命、メディアの使命

伊勢 雅臣


〜 ベストセラー小説『空飛ぶ広報室』から

国民に安心安全を届けている自衛隊を、メディアはいかに伝えているのか。

■1.「だって戦闘機って人殺しのための機械でしょう?」

「何かお勧めの題材はありませんか。できれば画になるような」と帝都テレビのディレクター・稲葉リカが聞いた。所は東京・市ヶ谷の航空自衛隊の広報室である。

「じゃあ、いっそのこと戦闘機パイロットはいかがですか?」と、広報室に新人として配属された空井大祐(そらい・だいすけ)二尉が提案した。空井は小さい頃から憧れていたアクロバット飛行チーム・ブルーインパルスへの配属が内示された矢先に交通事故に巻き込まれて、その道を断念して、広報室に配属されたのだった。

稲葉リカは険しい顔つきで、「興味ありません。だって戦闘機って人殺し
のための機械でしょう? そんな願望がある人のドラマなんか、なんでわ
たしが」

途端、空井の脳細胞が沸騰した。「人を殺したい、なんて、思ったこと、一度もありませんッ! 俺たちが人を殺したくて戦闘機に乗っているとでも」

大きな声に、先輩が飛んできて「アホッ! お客様に何て口の利き方だ!」と、脳天にガツンとげんこつを落とされ、襟首を掴まれて、部屋から引きずり出された。

後で、空井は広報室長から諭された。「自衛官やってりゃ、なんでこんなこと言われなきゃならないんだと思うことはいくらでもある。だが、そんなことを言われるのは広報の努力が足りてないせいだ。」

多くのマスコミが垂れ流す反自衛隊報道の偏見・偏向と戦い続けることが、自衛隊広報マンたちの孤独な任務だった。

■2.「津波が来る前に何機かでも飛ばすことはできなかったんでしょうか」

この後、空井とリカは二人で力を合わせて、ある企画を成功させ、その過程で二人は心を通わせ合い、リカの左巻きも徐々に治っていく、というのが、テレビ化もされたベストセラー小説『空飛ぶ広報室』[1]の本筋なのだが、それは本を読んでのお楽しみとして、ここでは心に残るエピローグのみ紹介しよう。

空井はその後、宮城県の航空自衛隊松島基地の広報担当に異動になり、そこで東日本大震災に出くわす。そして震災の10ヶ月後、リカが取材で松島基地を訪れ、二人は再会する、という設定だ。

松島基地にも、人の背丈ほどの津波が押し寄せ、駐機場にあった戦闘機や救難ジェットがぷかぷか流されて、格納庫に突っ込んでしまった。

「津波が来る前に何機かでも飛ばすことはできなかったんでしょうか」とリカは聞いた。この質問自体がリカの変貌ぶりをよく表している。左巻きの頃だったら、「人殺しのための機械が使えなくなったって問題ないでしょ」などと言ったかも知れない。

この質問には、空井の上司の広報班長が答えてくれた。余震が続き、しかもあれだけの大地震のあとは滑走路を総点検する必要があった。30分後と予想されていた津波には到底、間に合わない。

<当時の基地司令が人命優先を即断して避難指示を出したからこそ、松島基地は勤務中の隊員に一人の犠牲者も出さずに済んだのです。その後、無事だった隊員を全投入して災害救助活動に乗り出しました>。

■3.「自分たちは自衛官に被災者の資格を認めていないのだ」

その説明に、ふとよぎった違和感が、そのままリカの口を衝いて出た。「松島基地も被災しているのに、ですか」

その質問に広報班長の口元が揺るんだ。「そこに気づいてくださる方は稀です」

リカは思った。

「松島基地の自衛官たちが被災者として扱われていた報道など今まであっただろうか。少なくとも帝都テレビのニュースでは見かけたことがない。F−2が流された、救援ジェットが流された、甚大な損害が出たとそちらばかりを宣伝していた。

基地が完全に水没するような被害を受けてさえ、自分たちは自衛官である彼らに被災者の資格を認めていないのだ」。

「でも、、、隊員にもこちらに家族のある方がいるでしょう。心配じゃないんですか」

「もちろん心配です」と頷く広報班長に、リカは愚問だったと頬が火照(ほて)る。


「ですが、自衛官はみんな妻や子に言い聞かせていると思いますよ。もし何かあっても俺は家にいないから何とかやってくれ、とね。それが自衛官と所帯を持つということです。

だから、災害が起きたら真っ先に家族に連絡をとります。お互い無事だと分かったら憂いなく出動できますから」。

「もし、、、ご家族が無事じゃなかったら」

「死亡や危篤なら隊の配慮があるでしょう。しかし、家族の死に目に立ち会えないことも、家族に看取ってもらえないことも誰もが覚悟はしています。そうでなければ、海外派遣などに志願することはできません」。

税金で訓練するのだから当然だ、と言う者もいるだろう。しかし、いくら給料をもらっているとは言え、そこまで見知らぬ他人に尽くせるものだろ
うか。

■4.瓦礫の撤去や泥掻きが、なぜ「思いきった活動」なのか

広報班長は、隊員の救助活動の写真を数枚、見せてくれた。市街地や田畑での瓦礫の撤去や泥掻きの様子が映っている。「これもかなり思いきった活動の一つで、、、」

瓦礫の撤去や泥掻きが、なぜ「思いきった活動」なのか、リカには理解できなかった。

「よく見て下さい。隊員が民家の敷地内に立ち入っているでしょう。田んぼや畑にも。自衛官は救助活動以外で私有地に立ち入ることを許可されていないんです」。

「そんな、、、じゃあどうやって街の復興を」

起死回生の策を打ったのは、当時の基地司令だった。「基地から危険物や機密保持に関わる物品が近隣に流れ出している恐れがある」という名目で、私有地に入り込んでの救援活動を命じた。基地司令は、それが問題になっても自分一人で責任をとればいい、と決断したのだろう。

「そんな無理矢理な理屈付けをしないと田畑の泥掻きもできないなんて」と、リカは目眩(めまい)のような絶望を覚えた。

報道関係者には、「報道の仕方で問題になったら、この活動は打ち切らざるを得ない」と説明した。その結果、マスコミ各社のほとんどが「流出物の捜索」という名目を添えた報道をしてくれたので、問題にはならなかった。リカは、ほっと胸をなで下ろした。報道の良心が少しでも信じられる結果であってくれたことに感謝した。

「隊員たちはよく頑張ってくれたと思います。辛い光景もたくさん見たと思います。だけどあいつら、基地に戻って休んでも、すぐにまた出て行こうとするんですよ」。

広報班長が俯(うつむ)いて、目頭を抑えた。「空井、後を頼む」と、ようやくそれだけ言って、部屋を出て行った。

■5.「あなたたちって人は」

「女性隊員にも会ってみますか?」との空井の言葉に、「ぜひ」とリカは答えた。

空井の職場に居合わせたのは、リカと同年代の女性だった。「当日はどのような状態でしたか」と尋ねたリカに「揺れが収まってから真っ先に保育所に連絡を入れました」
「お子さんがいらっしゃるんですか。ご心配だったでしょうね。」

「幸いすぐに連絡が取れましたから。おかげさまで怪我一つなく、、、その日は保育所で預かってくれることになったので、子供を引き取りに行ったのは翌日です」

保育所から引き取った後は、近所の実家に子供を預け、そのまま隊務に復帰したという。「何かあったとき、家にいないのが自衛官だ」という広報班長の言葉をリカは思い出した。それは子供を持つ女性自衛官にとっても例外ではないのだ。

「何か特に困ったことは」とのリカの質問に、「おむつが心配だった」と言う。「支援物資にはおむつは入ってなかったんですか?」と聞くと、

「支援物資は被災者に届けるものですから。基本的に自衛官は受け取らないようにしてました。おむつは分けてもらわなきゃいけなくなるかもと思ったけど、差し入れが間に合ったし」。

「あなたたちだって被災者なのに」との言葉が喉までこみ上げたが、自衛隊員を被災者扱いしてこなかったマスコミの人間が言えるセリフではなかった。

「差し入れ」とは、全国の基地で隊員が自発的にカンパ物資を提供したものだった。自衛官が支援物資を受け取らないと分かっているからこそ、自然発生的にカンパが始まったのだろう。

ただ、そのカンパ物資に中のお菓子は、地元の小学校を慰問してプレゼントしたという。

「あなたたちって人は」と言いかけたリカは、涙がこみ上げて慌ててそっぽを向いた。胸にこみ上げる思いが波打つ。

あなたたちは一体、どこまで私たちに差し出したら気が済むんだろう、、、

■6.「自衛官をヒーローにしてほしくないな、と思います」

夕方まで取材を続け、駅までは空井が車で送ってくれた。車の中で、リカは聞いた。「わたしがどんな特集を作ったら嬉しいですか?」

「そうですね、、、」 空井はしばらく考え込んでから言った。「自衛官をヒーローにしてほしくないな、と思います」

「ときどき、自衛官は被災地でとても苦労してますって伝え方をされちゃうことがあるんです。家にもろくに帰れず、冷たい缶メシをかじりながら被災者のために頑張っています、って」。

「それ、何か問題があるんでしょうか?」 自衛官の献身を知らずに無責任に批判する声の多さを思えば、多少は自衛官びいきの報道をしたほうがバランスが取れるくらいだ。

「もちろん、そのお気持ちはありがたいんです。でも、それは報道の皆さんが分かってくれてたら十分なんです。分かってくれてたら自然と報道が公正になるでしょう?」

■7.自衛官の使命、ジャーナリストの使命「もう少し望んでもいいんじゃないですか」と聞くリカに、

「もちろん望みはあります。僕たちに肩入れしれくれる代わりに、僕たちの活動が国民の安心になるように伝えてほしいんです」。

自衛官の冷たい缶メシを強調されて、国民は安心できますか? 被災者のごはんも同じように冷たいのかって心配しちゃうでしょう?自衛官の缶メシが冷たいのは、被災者の食事を温めるために燃料を節約しているからです。

僕等が冷たい缶メシを食べていることをクローズアップするんじゃなくて、自衛隊がいたら被災者は暖かいごはんが食べられるということをクローズアップしてほしいんです。自衛隊は被災地に温かい食事を届ける能力があるって伝えてほしいんです。それはマスコミの皆さんにしかできないことです」。

ヒーロー扱いされることは、自衛官たちの自尊心を満たすだろう。しかし、それは自己満足でしかない。

自衛官の任務は、国民に安心安全を届けることだという、自らの自尊心までも捨て去った、無私の使命感がそこにあった。

そして、それをマスコミにも手助けして欲しいという。気がつくと、リカの頬に涙が伝わっていた。

「ああ、ごめんなさい。責めているわけじゃないんです」と、慌てる空井に、「責められたなんて思っていません。ただ、、、」

この言葉があれば、きっと一生大丈夫だ。ジャーナリストとして、迷っても、悩んでも、この言葉に立ち戻れば、正しい道が見える。

「ありがとうございます。一生の指針をいただきました。」

■リンク■
a. JOG(739) 気は優しくて力持ち 〜 自衛隊の人づくり 自衛隊員たちは、被災地の過酷な環境の中で、なぜこんなに優しくできるのか。
http://blog.jog-net.jp/201203/article_2.html

b. JOG(699) 国柄は非常の時に現れる(上)〜 それぞれの「奉公」 自衛隊員、消防隊員は言うに及ばず、スーパーのおばさんから宅配便のおにいさんまで、それぞれの場で立派な「奉公」をしている。
http://blog.jog-net.jp/201105/article_4.html

   <「頂門の一針」から転載>
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック