2013年12月10日

◆「神」になった毛沢東

河崎 真澄


生誕120年 故郷に押し寄せる観光客が求めるのは思想ではなく出世、商売繁盛の?御利益?。

1949年に新中国を成立させた毛沢東の生誕から今月26日で120年を迎える。生まれ故郷の湖南省韶山(しょうざん)は人口12万人ほどの山村だが、今年1〜9月に778万人が詰めかけた。

一般開放されている生家や、ゆかりの品が置かれている記念館を一目見ようと、観光客の長い列が続く。貧富の格差拡大を嫌気し、みな平等に貧しかった毛沢東時代を懐かしむ声もあるが、一方で広場に立つ毛沢東の像には「昇進」「商売繁盛」など“現世利益”を祈る人の姿もあふれていた。

ものものしい献花行事の費用は1団体あたり1999元(約3万3千円)。係員によると、費用を払って“出世祈願”をする団体は1日に数十件にのぼる。実際に昇進を果たして、“お礼参り”に訪れる公務員や企業幹部も少なくないという。

毛沢東が清朝末期の1893年に生まれた韶山は湖南省の省都、長沙から直線距離で80キロほどの山間にある。当時の農家としては比較的恵まれた家に生まれたことは、生家に3兄弟それぞれの部屋があり、豚の飼育や耕作用の牛の部屋もあることから分かる。

生家は無料開放されているが、中に入るには、金属探知機によるセキュリティーチェックが必要だ。地元ガイドによると、最近は週末なら1時間待ち、連休となれば3時間待ちが普通だという。

金色の毛沢東像の顔がフロントガラスの外に見えるように車内に置いていた地元のタクシー運転手は、「毛主席は韶山では“平安神”。すべての安全の神様だよ。だって毛主席は生涯にわたって戦争に負けたことも、大きな傷を負ったことも一度もないから」と笑顔をみせた。

「毛主席と一緒に記念写真を撮りませんか」

広場の脇にある土産物店の客引きの宣伝文句に誘われて店内に入ってみると、中山服を着た“そっくりさん”がたばこをくゆらせながら若い女性観光客と握手をしていた。

売り子が記念写真を撮影し、カラープリントした画像を写真立てに入れて128元(約2100円)で売っていた。写真ができあがるまでの数分間、肖像画や置物、毛沢東語録、コインなどあらゆる“毛沢東グッズ”の、矢のような売り込みが続く。

高さ約130センチの毛沢東像には1万1500元(約19万円)の値札がついていた。売り子に「買うとしたらいくら?」と値切ってみたところ、「買うとは失礼な。『請(チン)』といえ」とたしなめられた。請とは仏像や仏壇、供物などを求めるときに使う。「お越しいただく」とでも訳すべきか。

毛主席像は「昇進や商売繁盛の霊験あらたか」として、値引きなしでも飛ぶように売れているという。

地元紙によれば、今年1月から9月まで韶山を訪れた人は778万人で、前年同期比16・9%増。観光収入は20億406万元(約335億円)で同20%も増えた。農業以外に大きな収入源のない韶山にとっては「神様、仏様、毛沢東様」の気分だろう。

節約の励行と浪費の戒めを説いた「勤倹建国」との毛沢東の言葉は、生まれ故郷の韶山にはびこる拝金主義にかき消されていた。

「誤り」封殺は続く

生誕120年で毛沢東ブームが起きているのは生まれ故郷だけではない。中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」では毛沢東思想や毛沢東時代を語り合う言論グループ「紅歌会網」や「紅色沙龍(サロン)」などが1万数千人ものメンバーを集める。

ネット上では若い男女が「毛主席は貧富の格差拡大に怒っているはずだ」「毛主席の思想こそが中国が進む道だ」などと過熱気味に語り合う。習近平指導部への体制批判は微妙に避けながらも、農地の強制収用などにからむ汚職幹部を突き上げたり、「富二代」と呼ばれる幹部子弟の言動を批判したりしている。

昨年秋、中国全土の125都市以上で吹き荒れた反日デモの際、毛沢東の肖像画を掲げてデモ隊に加わる若者が各地で目撃されている。デモに参加した上海の大学生は、「毛主席さえ掲げれば武装警察だってデモ隊に手出しできない」と言い放った。

体制側に正面切って不満をぶつけられない中国人にとって、毛沢東は錦の御旗になっているようだ。

中国の教科書では、60年代から70年代にかけて甚大な被害をもたらした「文化大革命」について、それを発動した毛沢東の「誤りだった」と記述する。だが、毛沢東の死後、改革開放路線を推進した●(=登におおざと)小平は中国共産党の一党支配を揺るがせると考え、それ以上の毛沢東批判を封殺してきた。

生誕120年の今年、各地での祝賀行事では「偉人」として伝えられているが、自らの権力闘争のため、億人単位で影響を与えた文革という負の部分は覆い隠されたままだ。

韶山の街でふらっと入った小さな食堂で、経営者の女性(60)に思い切って文革時代の思い出を聞くと、「あのころは韶山も大騒ぎで大変な時代だったけど、そんな話は今は言っちゃいけないよ」と額にしわをよせて口をつぐんだ。

豊かさを求める時代。毛沢東への「信仰」は深まるばかりだ。

             ◇

毛沢東 1893年に湖南省韶山(しょうざん)で出生。中国共産党を率いて内戦で勝利し、1949年に中華人民共和国を成立させた。文化大革命などを通じ、党内で激しい権力闘争を展開。76年の死去後、81年に共産党は毛への評価を「功績が誤りをしのぐ」と決議した。産経ニュース2013.12.8 12:00

<「頂門の一針」から転載>
 
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