2013年12月17日

◆嫌露グルジア「ジョージア」と呼んで

宮家 邦彦


先週は駆け足でトビリシとアンカラ(トルコ)を回ってきた。現地の知識人と意見交換し、大学で講演する機会まで頂いた。日本では中国の防空識別圏設定や特定秘密保護法で大騒ぎだったが、今週はカフカス(英語名コーカサス)地政学を取り上げたい。

トビリシは「サカルトヴェロ」の首都。日本の外務省は「グルジア」と呼ぶが、この国の人々は「ジョージア」を好む。理由は簡単、「グルジア」はロシア語であり、英語では「ジョージア」と発音するからだ。

サカルトヴェロとはカルトヴェリ人の土地という意味だそうだ。彼らの言語は文字も文法も独特で、他のどの主要言語族にも属さないという。歴史的にも、ここほど地政学的に不幸な場所はない。

北はロシア、南はトルコ・ペルシャに挟まれ、長年これら覇権国家に翻弄されてきたからだ。大学では「よくぞジョージアは生き残ったものだ、これほど厳しい国際環境は他にポーランド、イラク、クルド、朝鮮半島ぐらいしか思い付かない」と述べたが、これは筆者の偽らざる本音でもある。

驚いたことに、100人ほどの学生たちは全員見事な英語をしゃべった。第1外国語をロシア語から英語に変更して約10年、この国は間違いなくグルジアからジョージアになりつつあると実感した。

ジョージア人のロシア嫌いは徹底している。トビリシに軍事博物館はないが、代わりに「ソ連占領博物館」がある。彼らはソ連時代の1921〜91年を占領の70年間だと思っている。

それだけではない。2008年にはロシアと武力紛争が勃発し、西部のアブハジアと中央部の南オセチアが“独立”状態になった。ロシアの「占領」は今も続いているというのがジョージア人の認識なのだ。

四方を海に守られた日本では想像しにくいが、陸続きの国境があるこの国で「占領」は日常的現実だ。トビリシから1時間ほど車で走れば南オセチアとの「国境」の村に着く。ロシアが最近設置した鉄条網は村を二分している。

南オセチア側の小高い丘にはなぜかFSB(ロシア連邦保安庁)の国境警
備隊が24時間監視を続けている。ジョージアは今もロシアの南下政策と対峙(たいじ)する最前線だと痛感する。

この人口わずか450万人の小国に米国は外交官数百人人ともいわれる巨大な大使館を構えている。カフカスにはジョージアの他、キリスト教のアルメニアとイスラム教のアゼルバイジャンがある。ソ連崩壊後独立した両国は対立したままだ。米国にとってジョージアはカフカスでの一大拠点なのだと実感した。

トビリシから東アジア情勢を見ると、今まで見えなかった切り口が見えてくる。ここでは3点のみ指摘したい。

●第1は、キリスト教とイスラムの接点がカフカスにもあることだ。

ここから始まる非アラブのイスラム世界はアゼリからトルクメ、ウズベクなどを通り、カザフまで続くテュルク系民族の世界だ。ここでの動きは同じテュルク系のウイグルとも連動し得る。もちろん中国はこのことを熟知しているはずだ。

●第2は、旧共産主義国家による「占領」がジョージアだけではないことだ。

内政干渉する気は毛頭ないが、そう遠くない将来、中国内の少数民族がトビリシのような「中国占領博物館」を作る可能性は否定できない。ジョージア人は民族の歴史の記憶がそんな軟(やわ)なものでないことをわれわれに教えている。

●最後に、ジョージア外交は、韓国などと同様、「全方位外交」であることだ。

最近ジョージア政府はロシアとの関係改善に熱心だが、外交の基軸はあくまで対EU・NATO関係だ。域外の大国が最も信頼に足る抑止力であることをジョージア人は本能的に知っている。この点はぜひとも韓国の識者にも理解してもらいたいものだ。

                   ◇

【プロフィル】宮家邦彦
みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京
大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東ア
フリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公
邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル
戦略研究所研究主幹。
産経ニュース【宮家邦彦のWorld Watch】2013.12.12

<「頂門の一針」から転載>
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック