2014年01月14日

◆東條英機の銅像や記念碑なんてない!

羽成 哲郎


千葉県護国神社(千葉市中央区)の竹中啓悟宮司(55)は平成8年に同 神社の宮司となるまで、東京・九段北の靖国神社で祭儀課長を務めていた。

7日に遅まきながら護国神社で新年のおはらいをしてもらった。その後、 話し込むと、安倍晋三首相が25年12月26日に靖国神社に参拝したことに自 然と話題が向かった。

昭和16年の開戦時の首相である東條英機をはじめ、いわゆる「A級戦犯」 の靖国神社への合祀(ごうし)は昭和53年だった。その2年後には竹中宮 司は靖国神社に勤めていた。大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘の各首相が 合祀後も何回も参拝しているが、中国、韓国はまったく問題にしていな かったと言う。

首相の靖国参拝が問題になったのは60年に中曽根首相が「公式参拝」して 以降のことだ。その経緯をみれば中国が自国の都合で「外交カード」とし て利用したことは明らかだ。竹中宮司は苦笑しながら靖国神社にいたころ の経験を明かしてくれた。

「参拝したあとに『東條英機の銅像や記念碑なんてないじゃないか』とい う人がいました」

戦争を推し進めた人を崇拝している−。そう思って見にきた人は全然違う ことに驚くのだという。これはメディアの伝え方にも問題があると思っ た。靖国神社と参拝に誤ったイメージが増幅してしまっている。

事実はどうか。靖国神社には幕末から先の大戦までの間、国のために犠牲 になった軍人ら約246万余柱が祭られている。

「遺骨や位牌(いはい)もないじゃないかとも言われますが、霊璽(れい じ)簿が納められているだけですから」

霊璽簿は神事を経た名簿といえるもので、そこではA級戦犯かどうかは言 うに及ばず階級などで特別扱いされているわけではない。

ちなみに近くの千鳥ケ淵戦没者墓苑は、身元が分からずに引き受け手がい ない遺骨が納められている施設である。

安倍首相の参拝から4日後の12月30日、靖国神社に赴いた。どんな空気か 見ておきたかったからだ。子供を連れた家族や中年も若者もいて、あまり 偏りはみられなかった。

穏やかな西日に向かうように、拝殿の前には少し列ができていた。初めて 参拝したと見受けられる人もそうでない人も祈りをささげていた。

第1鳥居と第2鳥居の間にある銅像は大村益次郎のものだ。日本陸軍の創 設者で靖国神社の創建にも功績があった。人だかりができていたが、由来 を見て「そうなんだ」というささやきが漏れている。

竹中宮司はこんなことも言った。

「こちら(護国神社)にきてからですが、英霊という言葉を見て若い人が 分からなそうにしているので意味を説明しました」

毎年、なにかの節目に戦没者の冥福を祈る。本来、家庭や学校でその意味 を伝え続けていくはずだが、それが断絶しかけている。戦没者の子供が亡 くなると、孫が「参拝にもう行かない」と止めてしまう例もあるのだという。

その積み重ねが慰霊の意義が正確に理解されていない現状につながってい るのではないか。それでも靖国神社や護国神社にお参りする人も決して少 なくないことに勇気づけられた。

日本人だけで300万人以上が亡くなった先の戦争は今の社会になおさまざ まな問題をもたらしている。お参りすれば心はおのずと静まる。新しい年 の始まりは心ならずも異郷に倒れた一人一人に思いを致すことだった。
産経ニュース【羽成哲郎のぴーなっつ通信】 2014.1.13

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