2014年01月16日

◆パソコン利用で英語力が減る入力方式

上西 俊雄


錢湯で出會った中學生は水泳をやってゐるとかで大學生かと見紛ふ體躯。勉強は算數も英語も得意だといふ。中學といふのをローマ字でどう書くかと尋ねてたところ シーワイユー(cyu)とはじめたので驚いた。チュを cyuと書く方式があるとは知らなかった。

訊けばチュを cyu とすることは小學校でパソコンの入力方法として教はったことで、中學では特にローマ字について教はってはゐないとのこと。小著『英語は日本人教師だから教へられる』は入門期に於けるアルファベット教育の重要性を説いて、アルファベットをしっかり教へないのは英語だけではないかと書いたのであるが、パソコンを使ふつど英語力が削がれていくといふ現實は知らなかった。

今、ウィキペディアの「ローマ字入力」をみるとJIS X 4063:2000(假名漢字變換システムのための英字キー入力から假名への變換方式)によって日本語のローマ字入力が標準化されてゐたが、規格自體は平成22年1月20日に廢止されたとある。

今は廢れたこの JIS 規格によれば、必ず實裝しなければならないものに

ヂ(di) ヅ(du) ヂャ(dya) ヂュ(dyu) ヂョ(dyo) ヰ(wyi) ヱ(wye)があり、また

ティ(thi) ディ(dhi)があり、小書きの假名のための

xa xi xu xe xoがある。

それから追加で實裝したはうがよい入力方式に

ジャ(jya) ジュ(jyu) ジョ(jyo)

チャ(cya) チュ(cyu) チョ(cyo)

トゥ(twu) ドゥ(dwu)

がある。

錢湯で出會った子供はこれを習っわけだ。

昨年(平成25年)横濱開港資料館で開催の宣教醫ヘボン展のローマ字のコーナーには日本亞細亞協會紀要第七號がアーネスト・サトウのローマ字論のところを開いて展示してあった。サトウをローマ字論者として取り上げた嚆矢だと思ふ。その反對側のケースには戰後のローマ字の教科書がならべてあって讀むことができたのは教育文化研究所編とある昭和24年のHIKARI O MOTOMETE の第5章「文字ができるまで」の見開き二頁。書出しに

Oomukashi no hitobito wa iroiro no 'mono' o tsukutte kangae oarawashimashita.

とある。これはヘボン式なので、長音はマクロンを冠した字母であらはす。實際、その次の文章、漢字假名交じりで書けば「木の棒を長くしたり短くしたりしていろいろの考へを表しました」といふところの棒はマクロンを冠した字母をつかってゐる。だから冒頭の「大昔」のところは、長音とみないで、同じオの繰り返しとみてゐるわけだ。

見開きの右の頁に Indian としてあるのが目についた。ディのところをdi とすることができたのは訓令式でなかったからで、訓令式なら di はヂを意味する役割がある。

ヘボン式はジとヂは同じ音だとみるからこの二つを書き分けることができない。また訓令式が di をヂにあてるのはディといふ音節を認めてないからできること。

ディといふ音節を認める現代においては内閣告示のローマ字はどちらも最初からなりたってゐないのだ。

現實にはヂもヅもあり、その上ディもドゥもある。だから翻字式ローマ字の出番なのだが、内閣告示の二つをごっちゃにした方式に忠實たらんとすれば、上に見たやうな判じ物にならざるを得ない。

かくしてアルファベットの表音機能は完全に無視されることになった。これで英語教育に力を入れるもないではないか。

廃止すべきは假名漢字變換システムのための規格ではなく、ヘボン式訓令式をごっちゃにした内閣告示の方なのだ。チュを cyu と書くやうでは表記ができないといふだけでなく、音韻の一覽表が腦中にできてゐないわけだから自信をもって發音することができない。いきほひ曖昧なごまかした發音になってしまふのだ。

擴張ヘボン式、かう呼んでよいものか迷ふのは、翻字式としてはじめてのものだと思ってゐたところ、アーネスト・サトウ、朝河貫一を經て三代目であったからであるが、とにかくこの方式なら次のやうになる。(小書きの假名のための設定はない。)

ヂ(ji) ヅ(dzu) ヂャ(ja) ヂュ(ju) ヂョ(jo) ヰ(wi) ヱ(we) ティ(ti)
ディ(di)
ジャ(zha) ジュ(zhu) ジョ(zho) チャ(cha) チュ(chu) チョ(cho) トゥ
(tu) ドゥ(du)

この方式は一對一の對應なので變換效率からしても效率的であるが、英語學習上も效率がよいことはだれもが納得するだらう。

[附記]

ヂを ji とすることに奇異の念をいだかれる人もあるかもしれないので補足する。

時間軸でならべると以下の通り。

和英語林集成(慶應三年) ヂ(ji) ジ(ji) ヅ(dz) ズ(dz)

サトウ論文(明治12年) ヂ(ji) ジ(zhi) ヅ(dzu) ズ(zu)

羅馬字會(明治18年) ヂ(ji) ジ(ji) ヅ(zu) ズ(zu)

和英語林集成第三版(明治19年) ヂ(ji) ジ(ji) ヅ(zu) ズ(zu)

朝河貫一『入來文書』(昭和4年) ヂ(ji) ジ(zhi) ヅ(dzu) ズ(zu)

サトウは來日してすぐにヘボンに會ってゐる。サトウ論文はヘボン式批判であった。

慶應3年の和英語林集成ではジヂはともに ji であり、ズヅはともに dzであった。つまりヘボンは四假名(ジヂズヅ)はダ行音に收斂したとみてゐたのだ。第三版がズヅを zu としたのは羅馬字會の方式に從って dz をやめたためであるが、このためズヅをダ行音と捉へてゐたことが忘れ去られ、類推によって j がダ行音であることも忘れ去られたのだと思はれる。

英和辭典をみれば j が ch の有聲音であることは明白であったのに、戰後の假名字母制限(いはゆる現代假名遣のこと)のときに英語音のことを考へない人たちがボタンを掛け違った。これが英語教育を損なってゐること如何ばかりか。

それで needs をニーズ、kids をキッズ、Medvedev をメドヴェージェフと書かなければならない。最後の例、ヴェといふ本來の假名にない音をも表記しようとしてゐながらラテン文字で De にあたる部分をジェと書くことを變だと思はないのが不思議だ。

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