2014年01月27日

◆「心の公害と近現代私観」を読む

平井 修一


「日本をまもる会」の中田清康会長の論考「心の公害と近現代私観」を読んだ。同会は2000年(平成12年)8月、石川護国神社の参道に「大東亜聖戦大碑」を建立している。その際に雑誌「正論」の意見広告、「大東亜聖戦大碑建立に赤誠を!!」で募金を呼びかけたという。

毎年、8月初めの日曜日に石川護国神社、大東亜聖戦大碑護持会、大東亜青年塾、日本をまもる会などの主催(後援・北国新聞社、テレビ金沢、エフエム石川)で大東亜聖戦祭が開催されている。ちなみに大碑護持会会長は田母神俊雄閣下である。以下に中田氏の論考の一部を転載する。

              ・・・

昔の日本はすべて悪であったと教えらている人達のために簡単に近現代史私観として歴史認識を述べる。

それは「昔=悪」の認識が日本精神への大きな公害であると考えるからである。我国は戦争を好んで起こし他国を苦しめた軍国主義であったとされているがそれは全く間違いである。

軍国主義とは強い軍隊をもって他国を侵略し国家を発展させるものとすれば、我が国がそんな主義をもったことは一度もない。明治時代以降富国強兵の国策により自存自衛の軍備をもったために欧米侵略強国に侵されず、ひいては侵略抑圧されていた世界中の国々、又眠っていた風前の灯であった支那、朝鮮も救われたのである。

我国がその時代、侵略者に対する戦時体制、臨戦態勢の軍備と充実した気力、国民精神の健全があったならこそ日本が安全であり得たのであり、アジアが救われたのである。

日清、日露の両戦役から大東亜戦争に至るまで父祖が祖国とアジアを救った大恩を忘れ、偏向文書を読んだだけの誤った知識しかない者がしたり顔で軍国主義が国策を誤り国を滅ぼしたとか、無謀なバカな戦争を始めたとか、昭和初期関東軍の暴走とか、又軍の局部的作戦の失敗をもってすべてを日本軍の無知無能の如く罵倒したり、日本軍を悪しざまに言うことが賢明である如く浅はかな後知恵によって父祖に泥をかける者があとを絶たない。

それのみかアジアを裏切り、共産主義と英米の術策に乗り幾多日本同胞を死地に追いやった蒋介石を大恩高徳の士の如く讃えたり、平和を求める日本を戦争に引きずり込み、無差別爆撃や原爆投下の非人道で戦勝国となり、占領政策でこの様に日本人の心を壊した米国を戦後民主主義と食料を送ってくれた救世主大恩人の如く賞賛する者が殆どである。

又未だにその与へられた亡国憲法による民主主義体制を金科玉条と頂いて居ること自体その愚かさははかり知れない。

又、日本軍と蒋介石国民政府軍をあくどい謀略によって戦わせた戦争犯罪の張本人というべき中共であるにもかかわらず、日本が中国人民を酷い目にあわせ被害を与えたとばかり思い込んでいる人がほとんどである。

その上朝鮮を侵略強奪し植民地にして苦しみばかり与えたなどなど、日教組・左翼勢力、又それに思想占領された報道機関によって、戦前の父祖はアジアにひどいことをして苦しみばかり与えて来たとだけ教えられ、貢献した多くの真実を全く教えられず、誇り無き衆愚の日本人となり果てているのである。言い忘れたがソ連に至ってはその悪逆無道は言うべき言葉もない。

■満洲国

私は5年間満洲国をこの目で見て来たものである。そのときの見聞を少し述べる。

 (1)満洲人は日本人がロシア人を追い払ってくれた恩人として感謝していた。

昭和16年吉林郊外の満洲旗人(社会・軍事集団、清の支配階層)の家を訪れたとき、その家に乃木大将の写真がかけてあったのを見た。満語の出来る友人が何故かと尋ねたところ、日本軍は悪い事ばかりしたロシア軍を追い出してくれた恩人だ、日本は素晴らしい、ロシアは悪い奴だと言うことだった。私は「リーベン(日本人)テンハオ(頂好、最高)ターピーズ(ロシア人)テンハオメイヨ(最悪)」と言ふ声が何度も発せられたことが今も耳に残っている。

 (2)そのとき吉林市を流れる松花江を利用する巨大な豊満ダムの建設工事も見学して来たが、その雄大なダムの電力は今も満洲に大きな恩恵を与えていることであろう。

当時吉林郊外の龍潭山でこの豊満ダムの余剰電力を利用するため建設中であった合成ゴムをつくる電気化学工業や、泥炭を液化して石油をつくる人造石油工場も見に行ったが、その後どうなっているであろうか。どこを見てもこれら数々の事実で、日本人が満蒙で偉大な建設を成し遂げていたことがわかるのである。

 (3)その他、国都新京のすばらしい建設、満鉄沿線、南満重工業地帯、遼東半島の大連・旅順など私がこの目で確認した巨大な満蒙の開発こそ、ロシア軍を追い出して、民生の安定と向上に尽くした日本軍の偉大な貢献ではないか。

 (4)彼等(支那人)は与えられたことを少しも言っていないのだ。ソ連軍に武装解除された日本軍の兵器を譲られた恩恵を言はず、事実を知らぬ者達のペコペコ外交をよいことに、遺棄でもない化学兵器を日本軍の残した罪悪として処理させ、七三一部隊の犯罪ばかり誇大に取り上げているが、七三一部隊の立派な貢献を何一つとして言わない。

例へば原因不明の高熱で犠牲者の多かったデング熱を究明(ネズミに寄生するノミが原因であった)してその防疫に貢献したり、牡丹江の大洪水では七三一部隊の防疫給水班の大活躍で広大な地域の住民が救はれた功績など一切黙殺して居るのである。語ればきりがない。

いづれにしても馬賊・匪賊跳梁し兵争の絶ゆることがなかったこの荒れ果てた満蒙大陸を軍紀厳正の日本軍が、住民の喜び溢れる大同協和の王道楽土満洲国にしたことは厳然たる事実であり、平和の地を求める漢民族の流入によってもたらされた人口倍増こそ、何よりの証明であろう。満洲についてはきりがないので、これくらいにして朝鮮を少し書く。
(つづく)
(2014/1/23)

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