2014年01月28日

◆「心の公害と近現代私観」を読む

平井 修一


■ 朝鮮

先日テレビで金嬉老が小学生のとき民族差別で、梅干弁当をひっくり返されたと、大きく映し出されていたが、差別とイジメを強調するためだろうがバカバカしい。その正反対のことを述べたい。

私の小学校同級生に都鳳龍(トホリュー)が居てトーサン、トーサンと呼ばれ人気者だった。彼は毎日梅干ならぬ醤油をかけた御飯だけ持参して居たが、弁当時間には必ず級友の旨そうなおかずをつまんで歩いた。トーサンに玉子巻や干鰯をとられても誰も腹を立てず皆喜んで分けていたのだ。

それは6年生の時であったが、私達は民族差別など少しも感ずることはなかった。同和の如く殊更に泣かん子を泣かす様に取り上げるからおかしくなる。

又、最近北國新聞“地鳴り”に「(テポドンの)Xデーが来ない事を祈る」と31歳の投稿が載っていた。こんなものを出す記者も、投書子も当時を知らぬのだから目くじらたてることもないのだが、知らぬ人が読めば本当にするのだから教へて置かねばならない。それは日本人が朝鮮人をひどい目にあわせたからそのウラミでテポドンが日本へ向くのはあたりまへといった論理である。

知らぬにも程があるし、又そんな教育をして居るのが日本だけでなく、韓国、北鮮みなそうだとすれば誠に不幸な事である。

もう一例をあげる。私の中学2年生の頃であったか、朝鮮人の部隊長が日本兵をひきつれて、支那軍を打ち破り金鵄勲章をもらったということが新聞に載り評判になった。朝鮮人は鼻高々大喜びであり一年先輩の朝鮮の生徒が喜び勇んで居たのが私も嬉しかったことを思い出す。又昭和17年頃、親友であった都鳳龍は日本名・星山直一になって喜んでいたことも懐かしい。

在満の朝鮮人はだれもかも日本名に進んでなり日本人だと言うことを誇りにして居た。500年余に亘り支那に属国扱いされ、朝鮮人といへば支那人にバカにされ続けて来たことを思へば当然のことであった。

日本から巨額の血税をつぎ込み鉄道、橋梁、工場、港湾、治水治山、又京城帝国大学など内地以上の教育施設の充実建設等々つぎ込まれた巨大な社会資本は民生向上に著しい貢献をなしている。

日本の影を消すと言って近年朝鮮総督府を破壊撤去したが誠に児戯に等しいものであろう。ならば日本から与へられた鉄道も橋も、工場も、学校も治山治水まですべて破壊して始めから出なおせばよい。

先祖のなしたやむなき条約による併合がそれほど不満なら相変わらず支那の属国であるかロシアに侵略併呑された方がよかったのだろうか、身勝手にも程がある。

言いたいことがまだまだあるが、これで朝鮮を終る。

■ 結び

英雄ジンギス汗は「後から来る旅人のために泉をきれいに保て」と諭した。祖先は子孫を思いやり風土に適ふ数々の大切なものを残してくれた。それこそ清冽なる泉である。

世界に比類なき国柄、素晴らしい固有の伝統文化の数々――家族制度や教育勅語は最も大切なものであった。それら稀少価値である泉の成分をすべて占領軍に言われるまま封建的遺物として消し去った。それはきれいな泉に汚水(毒薬)をぶち込まれたに等しい事であった。

独立後も毒の注入は際限なく、汚濁は進行するばかりで現在に至ったのである。聞くところによれば戦後ドイツは教育制度改革の押し付けに対し、ドイツの教育は伝統があり優れていると拒否したという。

そのドイツのアデナウアー首相は教育勅語を独訳して自室に掲げ人生哲学の金科玉条であると賞賛し、又台湾の大学長許國雄博士は教育勅語を学長室に飾り精神教育に大きな成果をあげて居られる由である。

(抑留されていた)シベリアで聞いた話だが、ドイツ人収容所ではヒットラーよりもスターリンの方がずっと悪い人間だと主張し絶対スターリンの肖像画を掲げなかったということである。我々の収容所には大きなスターリン大元帥万歳の絵が掲げられていた。

帰る時にはスターリンへの感謝決議や、「天皇島敵前上陸」といった集団まであった。よくいえば何でも受け容れる日本人の包容力となり、悪く言えば信念、信条の欠落、付和雷同ともいえることになる。単なるもみ手の迎合こそ最もいみ嫌ふべきことであろう。

昭和57年来日した「収容所列島」(著者)のソルジェニーツイン氏は次のような事を述べている。

「日本人はかつて激しく西洋文明の摂取につとめてきたが、同時にそのたぐいまれな民族的特性の維持にも極めて熱心だった。日本人の民族的伝統の根は、日本人にとってかつての巧みな西洋事情の摂取に劣らず重要であり、このことは現在、西洋が深い精神的危機の流れの中にあり、道義的充実性を失いつつある時だけになおさら重要である」

今こそ本然の姿をとり戻すため清き水を汚す毒を徹底除去すべき非常のときである。

明治天皇の御製を拝しよう。

よきをとり 悪しきを捨てて 外つ国に 劣らぬ國に なすよしもがな

今は勿体なくも よきを捨て 悪しきをとりて 外つ国に 劣れる國に 
なるぞ悲しき

となった 憶!
・・・・・・

中田清康氏の感動的な「慟哭の書」だ。日本を、日本人を取り戻そう! 戦後体制にはもう耐えられない。2000年の日本人の血がそう小生にも叫ばせている。(2014/1/24)

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック