長辻 象平
◆高温ガス炉・HTTR
過酷事故を起こさない原発があるのをご存知だろうか。高温ガス炉というタイプだ。
名前からは火力発電を連想しがちだが、立派な原子炉だ。
普通の原発と異なり、運転するのに水もいらない。だから砂漠の奥にも建設できる。
この夢のような原子炉の研究開発は、米国などでも進んでいるが、実は日本が世界のフロントランナーの位置にある。
茨城県大洗町にある日本原子力研究開発機構の高温工学試験研究炉(HTTR)がそれだ。熱出力は3万キロワット。平成3年の着工で、臨界は同10年。
HTTRは開発途上だが、950度を発生させている。普通の原発では、水で約300度の熱を取り出して発電するが、高温ガス炉ではヘリウムガスで熱を取り出す。この高熱を発電以外の水素製造などにも使えるのが特徴だ。水素は新たなエネルギーとして注目されており、高温ガス炉は時代の要請にかなった次世代炉なのだ。
◆時代の風が吹いてきた
これほど優れた高温ガス炉の卵がどうして脚光を浴びることなく15年以上の間、無聊(ぶりょう)をかこっていたのだろうか。
最大の理由は、原発の潮流が大型化に向かっていたためだ。高温ガス炉の発電能力は、大型原発の4分の1に当たる約30万キロワットが上限となっている。
大型化すると大事故時でも炉心溶融に至らないという利点が消えるので、小型炉にとどまらざるを得ないのだ。
電力会社などの食指は動かないまま歳月が過ぎた。十分な国の研究予算もつかなくなり、影が薄くなりつつあった。
それが、福島事故で原発を取り巻く環境は一変した。
何よりも原発の安全性が求められるようになっている。従来の原発は安全設備に多大なコストがかかるが、高温ガス炉は簡素な対策で対応可能。原理上、大量の放射能放出事故は起き得ないので大規模な住民避難も必要ない。
安全かつ安定的な電源が待望されている今こそ、高温ガス炉の出番なのだが、政策決定者の感度は鈍い。あるいは脱原発ムードの中では、積極開発を言いだす勇気がないだけか。
◆砂漠の国でも発電可能
エネルギーなしに、国の発展はあり得ない。
この歴史的な法則を、日本と原子力協定を結んでいる中央アジアのカザフスタンの方がより深く理解していたようだ。
昨年8月、カザフの核物理研究所と原子力機構、日本の黒鉛メーカーは、共同で高温ガス炉の炉心用高機能黒鉛の性能試験を行うことを決めた。間もなくカザフの施設でその試験が始まる見通しだ。
砂漠が多い同国に高温ガス炉は適しているし、送電網が未整備でも消費地の近くに建設できるので都合がよい。
カザフは、高温ガス炉の生産国となる将来ビジョンを描いているようだ。中東諸国も高温による海水淡水化に強い関心を寄せている。カザフは、世界の最先端にあるHTTRの技術の基礎を、原子力機構から学びたい考えだ。
日本の高温ガス炉・HTTRのウラン燃料は球形で、堅牢(けんろう)な複数の被膜に包まれている。直径は1ミリ未満。この多数の燃料粒子が黒鉛素材の中に封入、焼結されている。燃料は小球なので外力に強く、高熱に耐える黒鉛に守られている。
高温ガス炉は、配管破断による冷却材喪失事故にも強い。冷却材のヘリウムガスを失っても自然に核分裂反応が止まってしまう。制御棒を挿入しなくても止まるのだ。
福島事故では原子炉を「止める」ことには成功したが、「冷やす」ことに失敗した。
その結果、炉内の水が蒸発して燃料自身が溶け崩れたが、高温ガス炉では何もしなくても輻射(ふくしゃ)や対流で炉心が自然に冷える設計になっている。全電源喪失が起きても平気だし、水を循環させたり、注入したりする必要もない。
まさしく安全希求社会に最適の次世代炉だ。国が早期実用化に向けた開発体制を立ち上げれば、原子力の若手研究者が意欲的に取り組むことのできる分野が開ける。高温ガス炉の用途は広く経済性も高い。放射性廃棄物の管理に悩まなくて済む燃料で稼働させるアイデアも生まれている。
韓国も高温ガス炉に力を入れているし、中国が日本を急追している。HTTRを宝の持ち腐れにする愚は避けたい。
(ながつじ しょうへい 論説委員)
産経ニュース【日曜に書く】2014.2.23