屋山 太郎
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉の日米合意失敗で、アベノミクスの先行きに暗雲が立ち込めだした。安倍晋三首相がダボス会議で、日本の「岩盤規制」をドリルで砕くと言明し、世界にアピールした矢先である。
≪日本農業と米自動車の衝突≫
日米貿易交渉がつまずくのは常に、日本のコメ、酪農と米国の自動車が衝突するからだった。両方とも関税ゼロになると、日米の消費者はともに4兆5千億円程度の得をするのに、である。中でも日本のコメ政策には、ウルグアイ・ラウンドの交渉期間を含めて20年余、世界もうんざりしてきた。
世界が安倍首相の「岩盤規制」粉砕宣言に期待したのは当然だ。ここが突破口になれば、あとの項目はすべて小さな問題にみえる。アベノミクスの第3の矢と位置付けられる成長戦略の決め手は一に農業、二に医療である。安倍氏の思惑はTPPをきっかけに、聖域とされてきた分野の規制を撤廃することだったに違いない。
交渉がまとまらなかったのは、米国が自動車関税を死守したからのようだ。みるところ、オバマ米大統領は、自動車労組を説得する迫力もなければ、理屈で圧する論理もない。米国の自動車に関税が必要なのは、質的に劣る車を製造しているからで、日本が米車を拒んでいるからではない。現にドイツ車の輸入は増えている。
安倍首相は国会で「TPPの交渉は終わったわけではない」と答弁しているが、これで終わりならアベノミクスも終わりになるだろう。米国の自動車で埒(らち)があかないから、日本の「農業改革」もやめていいということにはならない。
米車は技術面に問題があるから売れないのであり、日本は日本で農政の失敗により農地というかけがえのない資源を無駄にしているのである。安倍氏も甘利明TPP担当相も、参院選で自民党が掲げた「守るべきものは守る」という公約は守れたと言っているが、政治家はより良き道を選択することを任された存在でもある。農水族やJA(農協)と一緒になって喜ぶような話ではなかろう。
≪30年河清まつがごとき農政≫
日本には、農地は450万ヘクタールしかない。このうち50万ヘクタールが耕作放棄地になっているのに加え、100万ヘクタールが減反対象となっている。残る300万ヘクタールがコメと野菜、果樹、畜産、酪農に使われている。
度し難いのは、農政の中心が常にコメにあることだ。コメを高値につり上げるために、150万ヘクタールが減反と耕作放棄地になっている。そして耕作放棄地は農家の高齢化に比例して増えつつある。
コメ農家の所得は、450万円で年金と農外所得がそれぞれ200万円。コメ所得は50万円に過ぎない。50万円を確保させるため、他の農地150万ヘタールに「捨て作り」を強いていることになる。
こんな馬鹿げた農政が批判されだしてからすでに30年がたつ。なぜ矯正されなかったのか。
農業委員会は田畑の貸借や売買を監督する機関で平均21人から成る。ほぼ全員が村の有力者だ。農業振興に必要なのは農地の移動と新規参入だが、あらかた彼らに拒否されている。安倍内閣はこの農業委員会を廃止する方針だ。
農業協同組合は本来、農家の生産物を高く売り、飼料や肥料を安く農家に売るのが仕事だが、自立した農家ほど農協を使わない。現在、コメは1俵(60キロ)1万2千円だが、農協は1万6千円を目指す。
単に手数料が増えるという理由からだ。4千円引き上げるため農林水産省がやろうとしていることは、「水田フル活用」と称して減反対象の田んぼに米粉、エサ米を作付けさせることだ。米価並みの収入がなければ農家は作らないから、10アール当たり10万5千円(食用米と同じ)払うという。
≪国家戦略特区で風穴開けよ≫
農水省が転作補助金1万5千円を「5年後に全廃」と打ち出したのは、もともと不要なものをやめただけで、完全な目眩(めくら)ましだ。農水官僚、農水族、農協の癒着を断ち切る最良の方法は、早々に「国家戦略特区」を設け、(1)一般企業の農地取得(買収、借地)(2)農業委員会の廃止(3)農協の金融機関化(今の農協に実質的商社機能はない)
(4)専門農協設立の自由−などを実行してみせることだ。
国家戦略特区は、都市再生、教育、雇用、医療、歴史的建造物の利用、農業の6分野からメニューを選べる。地域だけでなく規制緩和する分野ごとの「飛び地連合」も許される。
安倍首相は、岩盤規制を打破する手段として、この国家戦略特区を構想している。しかし、具体化に当たって、各省は必死の抵抗を示している。このためか、担当の新藤義孝総務相は早々と「今国会では特区設定はやりません」と逃げに出ている。
しかし、兵庫県養父市の広瀬栄市長は「農業委員会委員は外部から呼ぶ」と述べ、都市再生の地域構想をも発表している。千葉県の和郷園(木内博一代表理事)は92軒の農家で食材生産を始め、「4千万円農家」も続出しているという。政府は、こうした地方の動きに水をさしてはならない。
(評論家・ややま たろう)産経【正論】 2014.3.4 03:54