浅野 勝人
「合格を待ちて逝きたる孫思い 泥にまみれし写真を洗う」。
石巻市の阿部敬子さんの歌と毎日新聞の「余録」が紹介しています。 11日の各紙は、どの記事も涙して文字が曇ります。もう、丸3年なのですねぇ。
菅 内閣官房長官は記者会見で、「河野談話の見直しはしない」と明言しました。木を見て森を見ない議論のなかから抜け出そうとする当然の政府方針です。その一方で作成経過を検証する作業はする方針を示しています。安倍総理の理念ファンに対する配慮でしょう。
政局に配慮した二律背反的整合性の追求は、諸外国からは理解されません。もっと正確に言えば、外国人には理解できないでしょう。
ですから、そんなことは先刻承知の菅 長官の腹は「見直すつもりはない」が真意に違いありません。菅 長官の信条に賛同します。そして、菅長官は国益を利すると判断した自らの信念を貫くべきだと考えます。
翻って、戦時下の慰安婦問題が再燃したのは、旧軍が強制、管理に関与したかどうかを調査すべきだという指摘に端を発しています。反語として、軍の関与はなかったから「河野談話」は根幹に誤認があると示唆しています。
そもそも、慰安婦の扱いについて、当時、強制・管理したことを記録に残す軍人ないしは軍属がいたはずがありません。そんな事実が判明したら軍の権威は失墜し、後々に計り知れない汚点を残す結果となります。
もし、仮に記録していた正直者に〇〇のつく軍人がいたとしても、敗戦が濃くなった状況下では、秘密書類の中でも真っ先に焼却して撤退するのが軍の常識です。一番知られたくない文書だからです。
従って、戦後70年経った現在、調査してみたところで証拠となる文書が見つかるはずがありません。ヒョッコリ見つかろうものなら、改めて、公式に旧日本軍の恥を世界にさらすだけです。
軍の関与を再調査せよという人の神経が私には理解できません。
「河野談話」をまとめる段階で、韓国側とすり合わせをしたかどうかを問題視する感覚についてです。
事実関係は知る由もありませんが、およそ外交文書、外交上の重要文書を関係国同士が水面下で折衝を繰り返してまとめあげるのは常識です。共同声明作りが、下準備の交渉で決裂して発表されなかった例は幾らもあります。
「河野談話」は日本政府の声明ですから、確かに韓国側と事前折衝をする類の文書にはなじみません。しかし、問題を解決するための声明ですから、発表して事態を却ってこじれせたのでは声明の意味がありません。
仮に内々韓国側の了解を求めた経緯があったとしてもむしろ当然の外交的配慮でしょう。国会の答弁で、なにかまずいことをしたような印象を与えた石原元官房副長官は、問題を蒸し返すことが歴史に対して重大なマイナスになる認識に欠けています。
作成の過程を調査するには、韓国や中国、オランダの元慰安婦にさせられた方々の事情聴取は避けられません。残り少なくなった高齢の婦人に、今更、昔の痛みを根ほり葉ほり聞き質して、堪えがたい苦痛を改めて与えるつもりですか。
この人たち十数人が、かつて、恥を忍んでソウルの日本大使館の前で「証拠ならここにいる」と叫ぶ姿が世界にキャリーされたことを私は忘れていません。
第一次安倍内閣の外務副大臣だった折、民主党の女性議員二人が付き添って、韓国人の戦時慰安婦だった方を外務省に連れて来られました。
厳しい抗議を受ける覚悟はしていましたが、日本政府の植民地下で旧軍の行った全ての行動について、現在の日本政府及び日本人にも道義的責任が伴うこと。お詫びして許されることではないけれども、先輩たちの犯した罪については我が事として改めて謝罪させていただきたい旨を心の底から申しあげました。
その高齢の韓国婦人はうっすらと涙を浮かべたあと、私の目を見て微笑んでくれました。
だから「どこの国でもやっていたではないか」というNHK会長の発言は世界のもの笑いです。自国の歴史に対する評価に値しないからです。
もともと河野談話や村山談話、A級戦犯を祀った神社への政府首脳の参拝自重は、近隣諸国との歴史認識をめぐる反目の繰り返しを断ち切るための高度の政治判断だったはずです。
愛国心とは、自らの国を大切に育み、他国から侵略を受けたら、命を賭して戦う決意です。その場合、4月で76才の私は鉄砲を担いで戦います。おそらく何方の決意にも負けることはありません。
とても大切なことは、愛国心の中には自国の犯した過ちを率直に認める勇気が重い位置を占めている点です。だから、河野談話や村山談話がアメリカやヨーロッパの国々で至極当然な日本の歴史認識として受け止められているのでしょう。
菅 長官は迷わず、真っ直ぐに己の信念を貫くべきです。国益に沿う判断だからです。
河野談話や村山談話の見直し、破棄。天皇陛下も自重しておいでの靖国参拝を総理に強いる自民党や維新の会の国会議員の皆さん、木の枝ぶりだけにこだわらず、森全体を眺める努力をしていただきたいと念じます。
安保政策研究会理事長(元内閣官房副長官、元外務副大臣)