2014年04月01日

◆ハイリスク手術をクリアした(5)

石岡 荘十


〜心臓手術、怖れるに足らず〜

13 9 時間の大手術の流れ

13・1 手術開始

翌4月3日、手術前日の就寝前、入院中手許に置いて日々の治療を記録し ていたメモ帳に、妻と3人の子供宛の書置きを遺した。

――いままでありがとう。みんな元気で、さようなら――。

4月4日、手術当日。朝早くから妻や3人の子供たち、嫁さん、婿さん、 4人の孫たちが三々五々病室に集まってきた。私が50年で作った家族全員 集合だ。つぎにこれだけ集まるのはオレの葬式のときか? もう一度、家 族一人ひとりの顔をちゃんと見わたす---みんなの「おとうさん、がん ばって!」「じいじ、がんばれ」という声を背中で聞きながら、9時前、 ナースが押す車椅子で手術室に入った。直ちに、手術が始まった。

・全身麻酔。

・胸の真ん中で皮膚を切開し、前胸部の真ん中を縦に走る胸骨をのこぎり で縦に切断(正中切開)する。再手術なので、心臓が周辺の組織に癒着し ている。胸骨を 切断するときに、心臓の一部を傷つけるおそれがある。

・胸骨は縦割りにすると、ちょうど握りこぶしの幅一つ分ぐらい左右に観 音開きにする。このすき間から器具を入れて手術をする。

・案の定、肥大した心臓が胸骨にくっついている。癒着したところの剥離 を慎重に続ける。

・心臓は心膜と呼ばれる膜で袋状に包まれている。心膜を切り開くと、初 めて見えてくる。が、心臓は一度手術を受けると表面に粉雪をかぶったよ うに癒着し、どこが大動脈でどこが右心房かわからないほど強く癒着する こともある。再手術のときはこの癒着をはがすことからはじまる。癒着の 強い部分をはがすときに心臓の壁の一部が裂けて出血するなどのトラブル が考えられ、初回手術よりもはるかにリスクが高くなる。

13・2 人工心肺の装着

・心臓の手術では一時的に心臓の血液の流れを止め、心臓そのものの動き を止める必要がある。そのために、まず心臓と肺を迂回する一時的な血液 の流れ「体外循環」を作る。人工心肺の装着だ。

・心筋保護液を大動脈の根元から冠動脈に注ぐ。心筋保護液は心臓が動き を止めている間、余分な心筋の代謝を抑え、心筋の細胞が低酸素状態に 陥って障害されるのを防ぐ。人工心肺と心筋保護液の導入・改良により、 現在では3〜4時間程度なら安全に心臓を停止させておくことが可能に なった。

・心臓の温度を15℃くらいまで下げる。命の源である心臓は、その機能を 肉体から切り離され、しばらく静かに休眠状態に入る。

13・3 僧帽弁置換術 

初回手術の場合は、左心房に直接メスを入れてアクセスする。しかし再手 術では左心房に直接メスを入れて僧帽弁を切り取ろうとすると、初回の手 術で癒着した周囲の臓器を剥がさなければならない。

それだけ出血のリスクが高くなる。そこで、遠回りをするようだが右心房 からアクセスする。

・まず右心房にメスを入れ、突破口を作る。つぎに右心房と左心房の境に ある心房中隔を切開して左心房に入る。

・僧帽弁に到達する。弁そのものに血液中の石灰質が堆積して硬く、分厚 くなっている。

・病んだ僧帽弁を丁寧に切除する。

・切り取った僧帽弁の切り口とぴったり合う大きさの人工弁を選定する。

・20針で人工弁を縫合し、しっかり固定した。

・切開した心房中隔と右心房を順番に元どおり縫合する。

13・4 冠動脈のバイパス手術 

・直径2ミリほどの細い左内胸動脈を丁寧に剥がしていく。これを冠動脈 の左前下行枝の狭窄した部分の川下に吻合、縫い合わせる。

・体温が36度に戻り、心臓が自力で拍動できることが確認できたら、人工 心肺の管を取り外す(「人工心肺からの離脱」という)。

・癒着を剥離したところからすこしずつ出血があるので丹念に止血をする。

・それでも術後じわじわと出てくる出血が胸のなかに溜まらないように、 体外に排泄するため4本のドレーン(管)を鳩尾(みぞおち)のあたりに 置いて、管を体外に出す。

レセプトの「症状詳記」は、想定どおり大量の出血と血圧のコントロール に悪戦苦闘した様子をこう記述する。

<術中を通じ、自己血回収装置を用いて出血を極力回収しこれを利用した が、出血量多く、術中に濃厚赤血球液6単位、人工心肺に10単位使用した>

<大量出血による凝固因子減少症に対し新鮮凍結血漿を10単位使用した>

<---濃厚血小板液20単位を使用した>

<開胸時、突然、血圧が180mmHgまで急上昇、2種類の降圧剤を使用した>

そうかと思うと---人工心肺の離脱後に、

<収縮期血圧が50〜60mmHg程度に低下して心臓の動きが鈍くなった>
「低心拍出症候群」といわれる症状だ。そこで

<強心剤をつぎつぎと投与>

危機を脱した。全身麻酔の影響で腸がうまく働かなくなる「腸管麻痺」も あった。こんな事態を乗り切ってやっと、心臓の自律拍動が確認できた。

・切断した胸骨を真ん中に引き寄せてチタンの針金で固定。

・胸の皮膚をホチキンスのような金属ピン(スキンステープラー)26個で 縫合。  
                           
午後6:00過ぎ、手術を終わった。手術室に入ってから、9時間経過。 
<(麻酔・手術時間が長くなったことに伴って)自発呼吸が得られず、血 液の循環も不安定だったため、気管内挿管のまま手術室に隣接した集中治 療室(ICU)に搬送>

患者はまだ深い全身麻酔の中にあった。


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