2014年04月03日

◆ハイリスク手術をクリアした(6)

石岡 荘十


〜心臓手術、怖れるに足らず〜

14 でも、ともかく生きている!

手術中、家族が待機する部屋が病棟6階にある。この日は、長男(50)と長女が、朝から9時間以上、手術が終わるのを待っていた。夕方6時過ぎ、手術が終わったのでICUまで来るようにという知らせが入った。2人が急いで2階のICUに向かう。

患者の手足は軽くベッドに縛り付けられている。麻酔から醒めかかったとき、点滴を無意識に引き抜くなど、患者が意識朦朧のときに事故が起こりやすいからだ。

手術前、「身体拘束の同意書」にサインをしてある。

何本もの管でがんじがらめになっている。?口から人工呼吸のチューブ、?栄養補給や薬剤を投与するため首の脇から体内に挿入した中心静脈ライン(点滴ライン)、?心電図モニターココード、?小便を排泄する導尿カテーテル、?滲み出した血液が体内に溜まらないように外に出す4本のドレーン(管)。合計8本。術後の患者のこんな様子からフォークに絡みついたパスタを連想するからだろうか、欧米ではスパゲッティー症候群という。

痛々しい。が---ともかく生きている!

ICUに入ってくるなり、目に飛び込んできたのは、何本もの管でがんじがらめになっている患者---かすかに息をしている父を見た長女が突然、声を上げて泣き出した。泣きながら駆け寄って「お父さん、よかった!」と父の手を握った。スタッフに「有難うございました、ありがとう---」。

ベッドサイドにいた医師や看護師さんたちに2人はコメツキバッタのようにペコペコ何度も頭を下げた。

間もなく山崎教授を先頭に、大勢の手術スタッフが患者のベッドを取り囲むように集まってきた。山崎ドクターは手に膿盆を持っている。その中に小さな肉片が載っている。山崎医師は、「これが切り取った僧帽弁です」。手術の模様を手書きで書いたA4の紙を示しながら手術経過と現状を説明する。

「手術はうまくいきました。危ない場面もありましたが、いい方へいい方へと転んで、いまのところ容態は落ち着いています。30分待機の後、何事もなければご家族は帰宅して結構です」とドクターは言った。

「予測死亡率39.9%」はクリアされたのだ。

15 臨死状態のICUの5日間

普通、初回待機手術などの場合は翌朝には目が醒める。しかし、私が意識を取り戻したのは4日目のことだった。

気がついて---「あれッ、オレは生きているぞ、生きてる、生きている---」。熱いものがこみ上げてくる。思いがけなく流れ出る涙に不意を突かれた。まだ朦朧としていると、看護師さんがガーゼで涙を拭いながら問いかける。

「気がつきましたか、分かりますか」/「うん」/「ご自分のお名前は?」/「いしおか---」/「ここはどこですか」/「女子医大病院の---」/「ICU、集中治療室です。手術をされたことは覚えていますか」/「はい」/「手術をしたのはいつですか」/「4月4日の---」/「今日は何日ですか」/「うーん---わからない」。まだ意識に混濁が見られる。

・8日(術後5日目) 覚醒。長時間の全身麻酔で覚醒が遅くなると、言語、思考、記憶などの認知機能が低下し、その後遺症が数年続くこともある。私は今のところ重大な脳神経障害はないようだった。

人工呼吸器は、自力で呼吸できることが確認できて、意識がちゃんと回復する前に抜いたらしい。だが、じつはこの5日間、私は不思議な世界を彷徨していた。

術後何日目かはっきりしないが、循環器内科の上野敦子医師がICUに様子を見に来たそうだ。上野医師は、15年前はじめて心臓手術を受けたときからずっと定期的に診察をしてくれた先生だ。

先生が来たことも覚えていないが、後で聞いたところでは、ぼうっとしている患者に「ご気分はどうですか」と声をかけると、「あれっ、先生もこっちに来ちゃったんですか」と答えたそうだ。先生は「そっちになんか行きませんよ」と応じたというが、そのときの私は間違いなく彼岸に居た。そうかと思うと---暗い。

箱の中に寝かされている。家族の声が聞こえる。が、身動きができない。火葬場のようなところの煙突が見える。何度か行ったことのある新宿・落合の葬祭場に似ている。まわりに家族の顔がそろっている---。「みんなさよなら--」と言いながらカマの中に入れられる---。あれは“臨死体験”か。現実と幻覚の間を彷徨していた。怖かった。

・術後の体内でじわじわとしみ出ていた血液や浸出液を体外に排出するためのドレーン(管)4本のうち、まず1本が抜かれた。

・昼、おもゆが出てきた。6日ぶりの口から入る食事だった。空っぽの胃に沁みた。ただの米の汁がこんなにうまいとは! (つづく)


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