渡部 亮次郎
ラジオ深夜便が2013年2月11日午前3時台「作家で綴る流行歌」米山正夫作品集で高橋淳之アンカーが「森の水車」は戦後流行したが、実は昭和17年に高峰秀子(三枝子にあらず)で発売されたが、4日後に発売禁止になった、と解説したまでは良かったが、理由を言わないでおわった。
先年、女性アンカーも「こんな平和な歌がなんで発売禁止になったのでしょうね」で結論をいわなかった。回答はドレミファソラシドにあったのである。
「森の水車」
作詞:清水みのる、作曲:米山正夫、唄:荒井恵子
1 緑の森の 彼方から
陽気な唄が 聞こえましょう
あれは水車の 廻る音
耳を澄まして お聞きなさい
(*)コトコトコットン コトコトコットン
ファミレド シドレミファ
コトコトコットン コトコトコットン
仕事に励みましょう
コトコトコットン コトコトコットン
いつの日か
楽しい春がやって来る
2 雨の降る日も 風の夜も
森の水車は 休みなく
粉挽(こなひ)き臼(うす)の 拍子取り
愉快に唄を 続けます
(* 繰り返し)
3 もしもあなたが 怠けたり
遊んでいたく なった時
森の水車の 歌声を
独り静かに お聞きなさい
(* 繰り返し)
《蛇足:二木紘三》< 昭和17年(1942)9月に映画女優・高峰秀子の歌でポリドール(当時は大東亜レコード)からレコードが発売されました。
戦後の昭和26年(1951)4月9日に荒井恵子の歌で「NHKラジオ歌謡」として放送されてから、多くの人たちに愛唱されるようになりました。
荒井恵子は、NHKラジオ「素人のど自慢」のチャンピオンになったのをきっかけにキングレコード専属のプロ歌手になりました。
しかし、作曲の米山正夫が日本コロムビア専属だったため、キングではレコード化できず、昭和26年8月1日に並木路子の歌で日本ンコロムビアからがレコードが発売されました。
私の子どもの頃、田舎では何カ所にも水車がありました。その響きは、勤勉さを刺激するよりも、「のんびり行こうよ、マイペースでいいじゃない」といっているように私には聞こえました。>
この方も判っていない。戦後派なのかな。
戦時中は「敵性語」は禁止された。ファミレド シドレミファはイタリア語なのに検閲官は教養が足りなかったか慌て者だったか、これを敵性語と判断して「発売禁止」処分にしてしまったのだ。
もちろん当時のイタリアはドイツと共に日本の同盟国であったのだからイタリア語を敵の言葉としたのはおかしい。しかし検閲官はみんなどこかがおかしかったのであろう。