2014年04月26日

◆流れに棹さすといふ表現について

上西 俊雄


表題のことが二囘つづけて話題になった。

流れに棹をさせば棹は流れにもっていかれやうとするから、流れとの鬪ひのやうでもあるが、流れに逆らって、それを押しとどめんとするのでなく、操船の場合は、その力を利用する、流れに乘ずるといふことになるのだと思ふ。

漱石の『草枕』の冒頭、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」の場合の解釋としては流れにさからふは間違ひだといふことはよく聽いたものだ。

文化廳が發表した平成24年度「國語に關する世論調査」では、「その發言は流れに棹さすものだ」を、本來の意味である「傾向に乘って、ある事柄の勢ひを増すやうな行爲をする」で使ふ人が23.4%、間違った意味「傾向に逆らって、ある事柄の勢いを失はせるやうな行爲をする」で使ふ人が59.4%と、誤用の方が多いとか。

「ある事柄の勢ひを増すやうな行爲をする」といふのは、流れに乘ずるといふことからすると、誤解を招きかねない強い表現だといふ氣がするが、それはともかく、かういうケースは珍しくないだらうと平井さんも言はれる。

文化廳がかういふ調査をやることにどんな意味があるのか。幼兒を考へてみれば、間違ふも何もない。白紙なのだ。この表現にはじめて出會へば、まづ間違った解釋をするだらう。

それから、さういふ解釋では筋が通らないから考へをあらためたり、辭書でしらべたりする、もしくは先輩から注意されて正しい意味を知っていくのだと思ふ。このことを制度化したものが教育であり、先輩の制度化が教師だと思ふものだ。

だから言語社會全體が教育の場であり、學校はその一部でしかないはずだ。戰後教育はそれを否定してゐると思ふ。誤用があってはならないから、多數の方を正しいとする、もしくは、さういふ表現の使用を禁止することを始めた。だからある程度育ったはずの猿が木から落ちることになる。

擴張ヘボン式を訴へて、1月16日號にローマ字入力と英語力の關係を論じ、4月16日號では國語音韻に變化があったとする論は論點先取ではないかといふことを書いた。しかるべき人に讀んで欲しいと、機會があるたびに「頂門の一針」といふメルマガのことをいふ。しかし、「頂門の一針」といふ語が通じない。この表現を知ってゐる人が皆無に近いといふのは驚くほかない。指導主事クラスでも、議員祕書でも通じない。

4月23日に學力テストの報道があった。小學校國語Aの問題の最初は「(1)から(3)までの文の──部の漢字の讀みを、ひらがなでていねいにかきませう」(假名遣は修正しての引用)

我々の頃であれば、このところは傍線部とあったはずだ。傍は教育漢字ではない。だから小學生相手の問題に使用してはならないことになってゐるわけだ。義務教育を終へた段階でも常用漢字までで間にあふやうに社會全體がなってゐて、新聞もそれ以外の漢字の使用をはばかる。

今の記者はみな、小學校を卒業しただけでも讀めるやうな表記を心掛けるから、漢字の交ぜ書きなどは當り前。

3283號の記事の最後の段落は「さらに中國には23日からのオバマ來日に向けた日米けん制の意圖も感ぜられる」とあって牽といふ字の使用を避けた。牽は牛の鼻綱と音符の玄をあはせた字だと字書にある。

牽が常用漢字でないから使用を憚るなら牽制といふ語全體をつかふべきではないと思ふのだが、常用漢字表はときどき變更になるものだから表外字であるから使用を見合はせるといふことに神經をつかってゐたら、流れに棹さすといふ表現などに氣をつかふ餘裕はない。つい弘法にも筆の誤りとなってしまふのは仕方がないではないか。

3284號の讀者の聲に「言葉を驅使する者としてみっともないのは間違ひない」とある。さはさりながら、言葉を驅使するものが漢字制限や假名字母制限を肯(がへん)じてゐるのが問題だと言ひたい。

我が國が義務教育を終へた段階の語彙だけに國民をとどまらせておかうとしてゐることは間違ひない。英語教育も會話に傾斜して、文法をしっかり教へるといふことが行はれてゐないのではないか。

三木谷氏の發言に「インターネット企業は技術がいちばん重要です。ただ、日本でコンピュータサイエンスを專攻してゐる卒業生は、だいたい年間二萬人しかゐません。

それに對し、アメリカは約6萬人、中國は百萬人、インドは二百萬人ゐるんですよ。だから何百萬人のプールから人を雇ふのか、それとも二萬人のプールから雇ふのかによって、競爭優位が全然變はってきます。」とある。

http://toyokeizai.net/articles/-/33821?page=3

昨日(4月24日)地圖に避難所などを示すために新しい記號を導入するといふことが報じられた。それで鈴木孝夫先生の twitter に「地圖の記號を新しくつくったといふ。漢字を制限し reinvent the wheel をやってゐるやうに思はれる。漢字と異なるのは音がないこと。入力も難しい。音のある名稱にしておかないと、いざといふとき困るのではないか。」と書き込んだ。

折返し「さうなんですよ」と返事があった。

TPPの規制緩和の前に國語規制の撤廢を訴へるものだ。

      
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