2014年04月27日

◆俺の女房だと毎日叫ぶのは恥かしい

渡部 亮次郎


「これは俺の女房だと毎日叫ぶのは恥ずかしいことだ、と同様、尖閣諸島はわが国固有領土だと毎日叫び続けることは恥ずかしい」と日本外務省。「嘘も百編唱え続ければ真実になる」よろしく中国。これが尖閣諸島問題の真相だ。

1968年 10月12日―11月29日:日本、中華民国、大韓民国の海洋専門家が国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の協力の下に東シナ海一帯の海底を学術調査。この話は元首相岸 信介から直接聞いた。

その岸は総理辞任後、個人事務所を構えたのが新橋駅に近い日本石油の一郭だった。元通産官僚として、石油に深く関係する岸だった。

海底調査の結果、「東シナ海の大陸棚には、石油資源が埋蔵されている可能性がある」ことが指摘される(現在では尖閣諸島周辺にはイラクの原油の推定埋蔵量の1,125億バレルに匹敵する、1,000億バレル以上の埋蔵量があることがほぼ確実とされている)。

だが、関係者はともかく、日本国民の殆どは、この事実を知らず、尖閣諸島の名も知らなかった。後に外務大臣の秘書官になって深く知らざるを得なくなる私も、政治記者時代は全く関心がなかった。

1971(昭和46)年 1月29日:アメリカ合衆国サンフランシスコで中国人留学生らが尖閣諸島は中国固有の領土であると主張するデモを決行。後に全米だけでなく世界中の中国人社会にも広がり、いわゆる保釣運動へと発展した。

6月11日:中華民国(台湾)が尖閣諸島の領有権を主張。

6月17日:日米が沖縄返還協定に調印。この沖縄返還協定の返還領域に関する表現について、尖閣諸島での紛争に巻き込まれたくないアメリカ側は、最終的に、日本側が尖閣諸島の地名及び沖縄返還協定本文での返還領域掲載を譲ったうえで、沖縄返還協定付随の合意議事録に経緯度線で返還領域を示すことでアメリカ側と合意している。

12月30日:中華人民共和国が尖閣諸島の領有権を主張。

72年7月5日、田中角栄が「角福戦争」を制して政権を獲得。
7月28日:日中国交正常化交渉の一環として北京で行われた竹入義勝衆議院議員と周恩来国務院総理との会談の中で、周恩来が「尖閣列島の問題に関心がなかった」としたうえで、「石油の問題で歴史学者が問題にした」と述べ、中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは、付近に眠る石油資源が目当てだったことを認めている。

この周恩来の発言は、日本政府の「中華人民共和国政府の場合も台湾当局の場合も1970年後半東シナ海大陸棚の石油開発の動きが表面化するに及びはじめて尖閣諸島の領有権を問題とするに至ったものです」とする主張を証明するものである。

なお、この会談を記録した中国側の資料では、会談内容が省略されているため「石油の問題で歴史学者が問題にした」に関する部分が記載されていない。

9月27日:田中角栄内閣総理大臣が日中国交正常化交渉のため中国を訪問。私はNHK記者として同行した。

周恩来国務院総理との第3回首脳会談の中で、田中角栄が尖閣諸島について問うと、周恩来は「尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない。」と述べており、同年7月28日に続いて石油を問題視する発言をしている。

この事実は同行記者団には発表されなかったので、最近知った次第。

中国では当時まだ毛沢東が存命中。経済改革・開放論者のトウ小平は下放中。将来、中国共産党の首を絞めるほどの重要資源になることを周恩来は自覚できなかった。まして海洋国家になることなど予想もしてなかった。

9月29日:日中共同声明により日中国交正常化。日本と中国共産党率いる中華人民共和国とが国交を結び、日中共同声明に基づきそれまで国交のあった中華民国には断交を通告。

1973年8月、田中批判をTVや「文芸春秋。赤坂太郎」で展開することで田中側近の竹下登副幹事長がNHK政治部長に渡部亮次郎記者の左遷を要求。NHKはこれに抗することなし。

渡部は3度も辞表を提出するが受理を拒否される。止む無く大阪に転勤。3年後東京・国際局に副部長として戻ったが、1977年11月にNHKを退職、福田赳夫内閣の官房長官から外務大臣に横滑りした園田直の秘書官に就任(内閣総理大臣辞令)。日中平和友好条約の締結交渉の従事。

1978年4月:約100隻の中国漁船が尖閣諸島に接近し、領海侵犯、領海内操業を行う。青嵐会(せいらんかい)の石原慎太郎らが主権の侵害だと福田政権を突き上げる。

この時私が日本外務省野幹部に質したところ「これは俺の女房だと毎日叫ぶ事は日本人の感性からすると恥ずかしくてとてもできることではない」という説明があったのだ。だから日本は始めから負けていると言えなくもない。

8月8日、園田外相が日中平和友好条約締結の最終交渉のため特別機で訪中。渡部随行。

滞在期間中、トウ小平副首相が園田外相に対し尖閣諸島問題の棚上げを表明。

10月23日:日中平和友好条約の批准書交換のため訪日していた中国のトウ小平国務院常務副総理は、日本記者クラブで行われた会見の席上で、「尖閣諸島を中国では釣魚島と呼ぶ。名前からして違う。確かに尖閣諸島の領有問題については中日間双方に食い違いがある。国交正常化の際、両国はこれに触れないと約束した。

今回、平和友好条約交渉でも同じように触れないことで一致した。中国人の知恵からしてこういう方法しか考えられない、というのは、この問題に触れるとはっきり言えなくなる。

こういう問題は一時棚上げしても構わない、次の世代は我々より、もっと知恵があるだろう。皆が受け入れられるいい解決方法を見出せるだろう」
と述べる。

「ウィキペディア」によれば、<中国共産党は、清がロシアその他の列強に領土を奪われた経験から、軍事的実力のない時期に国境線を画定してはならないという考え方をもっている。

中国とインドの事例(中印国境紛争)では、1954年の周恩来とネールの平和五原則の合意および中国国内のさらなる安定を待って、インドが油断している機会を捉えて、1962年11月、大規模な侵攻により領土を拡張した。

当時、キューバ危機が起きており、世界がそちらに注目している中での中国による計算し尽くされた行動であった]。

軍事的優位を確立してから軍事力を背景に国境線を画定するという中国の戦略の事例は、中ソ国境紛争などにも見られ、その前段階としての軍事的威圧は、東シナ海および南シナ海で現在も進行中である。

日中国交正常化時の中国側の領土棚上げ論は、中国に軍事的優位を確立するまでの猶予を得るための方便ともいえる。2011年現在、中国人民解放軍の空軍力は、日本、韓国、在日在韓米軍を合計したものに匹敵し、インドを含むアジアで最強であり、その急激な近代化がアジアの軍拡を誘発している。このように尖閣問題の顕在化は、中国の軍事的優位がもたらしたものといえる>。


<国際司法裁への提訴「不要だ」 外相「尖閣は固有の領土」

産経ニュース 2014.4.25 13:58

岸田文雄外相は25日の衆院外務委員会で、沖縄県・尖閣諸島の領有権を主張している中国を相手に国際司法裁判所(ICJ)へ提訴する必要はないとの認識を示した。民主党の玄葉光一郎氏への答弁。

理由について、岸田氏は「尖閣は歴史的にも国際法上もわが国固有の領土だ。領有権問題は存在しない」と説明。「(提訴は)日本が言い出す話ではない。わが国の有効支配に挑戦しようとしている中国が考えるべき問題だ」と強調した。

中国が提訴した場合の対応に関し、「仮定の話を申し上げると、さまざまな影響を及ぼすので控えたい。中国に向けられるべき質問だ」と述べた>。


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