2014年05月25日

◆月の沙漠(非砂漠)

渡部 亮次郎


月の沙漠(つきのさばく)は、日本の画家、詩人である加藤まさを(1897年4月10日 - 1977年11月1日)の作品の一つ。作曲家の佐々木すぐる(本名:佐々木 英、1892年4月16日 - 1966年1月13日)によって曲を付けられ、童謡として有名になった。

大正から昭和初期に叙情的な挿絵画家として人気を博した加藤まさをが、講談社発行の雑誌『少女倶楽部』1923年(大正12年)3月号に発表した、詩と挿画からなる作品である。

これに、当時まだ若手の作曲家であった佐々木すぐるが曲を付けたことで、童謡としての「月の沙漠」が生まれた。童謡の普及活動もしていた佐々木すぐるは、自ら主催する普及のための講習会で同曲を用いた。

佐々木はまた教育現場での音楽指導用の教本として「青い鳥楽譜」と呼ばれる楽譜集を出版しており、童謡としての「月の沙漠」もその中に収められている。

上記の経緯から、当初は児童の音楽教育の中で使われていたが、1927年にラヂオ放送されたことから評判となり、1932年に柳井はるみ(後の松島詩子)の歌唱で録音、レコード化され、より一般に知られるようになった。その後も童謡として長く歌い継がれ、世代を超えて支持される歌の一つとなっている。

「沙」の字について

この詩は「ラクダ」に乗った「王子様」と「お姫様」が月下の沙漠を往く情景を描いており、異国を連想させる内容からか、また現在では「沙漠」という表記が一般的ではないことからか、しばしば「砂漠」と誤記されるが、題名、詩文中ともに一貫して「沙」の字が用いられている。この字が用いられる理由として

「沙」には「すなはま」の意味がある。

学生時代に結核を患った加藤が、保養のために訪れた御宿海岸(千葉県)の風景から発想した。

海岸の風景がモチーフになっており、海岸の砂はみずみずしいことから、「砂漠」ではなく「沙漠」としている。(生前の加藤の述懐による)。

私は43才のときはじめて中東の砂漠を見たが、そのあらあらしい様からは王子や姫は連想できなかった。多分、加藤もここではあの詩は書けなかったろう、と思った。

また、モチーフとなった海岸は御宿ではなく、加藤の生地である静岡県志太郡西益津村(現・藤枝市)近隣の海岸であると「加藤が公言した」とする資料もあるが、定かではない。

月の沙漠記念館

千葉県夷隅郡御宿町の御宿海岸には、『月の沙漠』に登場する、2頭のラクダに乗った王子と姫をあしらった像が建てられている。その数メートル脇には、『月の沙漠』の冒頭を刻んだ月形の詩碑が存在する(加藤の直筆による)。

また、海岸より道一本を隔てて「月の沙漠記念館」が建てられており、加藤の作品や生前愛用した楽器などが展示されている。

初めて「月の沙漠」のレコードを吹き込んだ「柳井はるみ(1905年5月12日 - 1996年11月19日)」は、後に松島詩子として歌謡界で活躍した。

作曲家の芥川也寸志(1925年7月12日 - 1989年1月31日)は、映画『八甲田山』のテーマ音楽の作曲の際、この曲からモチーフを得た、と語っている。

月の沙漠記念館のある千葉県夷隅郡御宿町では、毎日朝昼夕の3回、防災行政無線からこの音楽が流れる。また、作詞者の加藤まさをの出身地である静岡県藤枝市でも、7月・8月の夕方に防災行政無線でこの音楽が流れる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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