2014年06月10日

◆“氷姫の涙”支持率も50%台に回復

黒田 勝弘


韓国人の感情表出は激しい。旅客船沈没事故での遺族たちの嘆きや怒りを見てもそれが分かる。東日本大震災のとき、現地取材した韓国の記者は冷静な日本人を「尊敬するが…」としながらも「もっと叫びなさい!」と書いていた。韓国人には日本人のガマンがもどかしく感じられたのだ。文化人類学的な日韓の違いである。

夫婦げんかでも韓国の妻は激しいと知り合いの日本人の夫がいっていた。「あんなに大声でまくしたてられると気がめいる。黙って涙でも見せられるとこちらは降参なんだけどねえ。女の涙には男は弱いじゃないですか」と。

先の統一地方選挙は事故の責任追及で惨敗が予想された与党が意外(?)に善戦し、危機の朴槿恵(パク・クネ)政権は政治的にもち直した。与党はソウル市長の奪還には成功しなかったが、全体的には判定勝ちといってもいいだろう。

この与党および朴政権を救ったのが実は朴大統領の「異例の涙」だった。

ソフトな笑顔の半面、気丈で意地っ張りの朴大統領は、海難事故の現場に出掛け泣き叫ぶ犠牲者遺族に詰め寄られても、死亡した生徒たちの追悼式に参列しても決して涙を見せなかった。

それが5月19日、テレビを通じた談話発表の際、涙を流したのだ。安全対策や危機管理での政府のミスを謝罪し、今後の対応策を約束したものだったが、生徒を助け自ら犠牲になった人たちの名前を挙げその犠牲精神をたたえたところで感きわまった。

これに対し一部では「氷姫の涙」などと批判、冷やかしもあったが国民の多くは間違いなく感動し共感した。テレビを見ながら目をウルウルさせた視聴者も多かった。

事故の責任追及で政権批判が押し寄せるなか、地方選の趨勢(すうせい)は「朴政権に審判を!」で与党惨敗は必至の情勢だった。それが彼女の涙をきっかけに「それでも大統領はよくやっている」と世論の風向きが微妙に変化しはじめた。「女の涙」の威力である。

事故の直後、支持率は40%台に落ちたが今は50%台に回復している。あれだけ世論にたたかれれば普通の大統領ならもっと暴落していただろう。李明博前大統領など、就任直後の米国産輸入肉にかかわる「虚偽の狂牛病」騒ぎで20%にまで落ちている。

支持率が落ちないのは彼女にはカリスマ性があるからだ。

韓国中興の祖・朴正煕(チョンヒ)の娘で、しかも父母を暗殺やテロで亡くした悲劇の人生を歩み、政治家になってからは暴漢に顔をカッターで切られる苦難も経験している。「姫」と皮肉られる育ちの良さと「けなげさ」のイメージで、世論は彼女を守ろうとするのだ。

だからこれまで「選挙の女王」といわれ、与党危機には必ず彼女が先頭に立ち危機を乗り切ってきた。今回も彼女の涙が与党を救った。

さて懸案の日韓関係だが、日本は朴大統領の意地っ張りに手を焼いている。日米韓協力強化を切に望む米国もそうだろう。「氷姫」の氷を溶かすにはどうすればいいか。

そのためには彼女のカリスマ的な「強さ」を知ったうえで暖かい微風を送り込むしかない。冷たい強風では氷は溶けない。
 
(ソウル駐在客員論説委員)産経【から(韓)くに便り】2014.6.8


         
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