平井 修一
JBプレス6/3に中国出身の経済専門家・柯隆氏(注)が「多発する暴動が“革命”に変わるとき 壊れつつある中国共産党の統治能力」を寄稿している。以下はその要約。
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今から25年前の1989年6月4日、北京の天安門広場で民主化を求める学生運動が発生した。それを鎮圧したのは警察ではなく、敵と戦って国を守るべき人民解放軍だった。
中国国内のインターネットの検索エンジンで「天安門事件」を検索すると、まったく違う検索結果が表示されたり、「法律に違反するキーワードが含まれているため検索できない」という表示が出てきたりする。
しかし、歴史の事実を直視しないことで最もダメージを受けるのは、ほかでもない、共産党自身である。この簡単な理屈を今の共産党のトップが分からないわけがない。
では、なぜ直視しないのかというと、仮にここで天安門事件を再評価すれば、最高実力者だったトウ小平の功績の一部が否定されることになり、場合によっては共産党の指導体制も危うくなりかねないからだ。
結局のところ、共産党中央は地雷のような天安門事件をタブーにするしかないのである。
*言論の自由を保障する一方で知識人を弾圧
中国は法治国家ではなく「人治国家」であるとよく指摘される。しかし、中国の法律は新興国の中で最も整備されている国の1つである。それにもかかわらず、なぜ人治国家と言われるのだろうか。
それは政府が法律を守らないからである。今の中国の憲法では言論の自由が保障されている。ところが、天安門事件を回顧する少人数の集会に集まった弁護士らは、騒乱を企てたとして拘束された。
往々にして政府は法律を破る口実として「社会の安定を維持しなければならないから」と説明する。逆に言うと「法律を守っていると社会が不安定化する」ということである。これは明らかに屁理屈である。
政府が法律を破る本当の理由は、社会の安定を維持するためではなく、自らの統治を維持するためであろう。しかし、共産党が自らが作ったルール(法律)を破り続けていると、当然のことながら共産党の存続を脅かすことになる。
かつて毛沢東国家主席が存命していたとき、側近らは毎日のように「毛沢東万歳、万々歳」(毛沢東よ、いつまでも長生きを)と唱えていた。学校や工場などでも唱えさせた。しかし 毛沢東はもちろん不老不死ではなく、83歳で死去した(1976年9月9日)。同じように共産党も万歳ということにはならないだろう。
政党が健全に運営されるためには、批判的な意見や指摘を聞き入れなければならない。批判を拒むのは、自らの統治能力について自信がないからである。胡耀邦元総書記の時代や朱鎔基元総理は、知識人の批判や指摘をある程度聞き入れていた。
だが現在は、共産党に対する批判は即「政府転覆罪」に問われる。これでは政治も社会も安定しない。
*信用を失った政府、その先にあるものは?
今の中国社会の最も恐ろしい点は、国民が政府を信用しなくなったことにある。
浙江省の杭州市で政府が進めるゴミ焼却炉設置に対して、地元住民が大規模な抗議行動を起こした。本来ならば、ゴミは埋め立てるよりも高温で焼却した方が環境に優しいと言われている。
しかし、中国の一般住民はそれを信用しない。ゴミの不完全燃焼で発生する有害物質が環境を害するのではないかと心配しているのである。
なぜ政府は国民からの信用を失ったのだろうか。理由は簡単だ。長い間、政府はマスコミをコントロールして世論を操作してきたが、国民はそれに気づいてしまった。何回も騙されてきた経験から、政府の言うことを鵜呑みにしなくなったのである。
これから中国政府が民主化の政治改革に邁進するとは考えにくいが、社会主義の時代に逆戻りすることはあり得ない。いずれにしろ国民の信用を取り戻すことはできない。結局のところ、現状を維持しながら延命を図るしかない。
では、その先になにが待ち受けているのか。大きな可能性のあるシナリオの1つは「革命」である。延命措置とは問題の解決を先送りすることである。最後には未解決の問題が火を噴き、ビッグバンのような爆発、つまり革命が起きることになる。
現に、中国社会では毎日のように大規模な抗議活動やデモが起きている。少なく見積もっても毎年約10万件もの暴動事件が起きていると言われている。
なぜ暴動が多発しているのに革命が起きないのだろうか。
その理由は、有名な「毛沢東理論」で説明できる。毛沢東理論によると、1つの暴動は1本の箸に例えられる。1本の箸であれば簡単に折れてしまう。つまり、単独の暴動ならば鎮圧しやすい。
しかし、50本または100本の箸を束ねると、たとえ日本の力士でも簡単には折れない。すなわち、暴動が「点」から「面」になったときに革命になるという理論だ。
この理論を踏まえれば、現在、中国社会で多発している暴動はまだ点の状態であって、面にはなっていない。そのため、大きな革命につながる可能性が低いというわけだ。
しかしこれ以上、共産党が民主化の政治改革を拒み続けると、革命が起きるのは時間の問題であろう。
政党の統治能力は、どれほど建設的な批判を聞き入れられるかにもよる。
中国共産党は、国民に少しでも多くの幸福をもたらすために、自ら改革に取り組まなければならない。今の中国社会を見れば、それは習近平政権の使命と言える。(以上)
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平井思うに、中共は国民の幸福などは眼中にない。ひたすら中共独裁の延命を図ってのた打ち回っているだけであり、習近平はやることなすことすべて裏目に出て混乱に拍車をかけている。
習は強権一辺倒で、利権を侵された軍は危機感からクーデターを起こすかもしれない。もう末期症状だ。狂気のような「反日」は、国民の不満を日本に向けるために止めるわけにはいかない。ガス抜きなのだ。
何清漣女史が7月1日、「“国外勢力”は失政の便利な雑巾バケツ」を書いている。
<中共の政治を回顧すると中共はいつも自分の失敗を洗い流すためのふたつの「雑巾バケツ」を持っていることがわかります。一つは「党内の路線闘争」、もうひとつが「国外勢力」ということです。
「国外勢力」という雑巾バケツがあれば、国内の経済が悪化しようと、不動産バブルが大きくなりすぎようが、環境汚染がすすもうが ぜんぶ、「国外勢力」に押し付けて、いかなる党や政府への批判もすべて「国外勢力が共産党政権を転覆させようという陰謀」ということにしてしまうことができます。
ただ、グローバル化のすすむ今日「国外勢力」は実際、存在しない所などないので、防ごうとしても防げるものではありません。もっとも徹底しようというのなら毛沢東時代の鎖国状態に戻るしかありません。
そうすれば中国の一般庶民は「世界の3分の2の人民はみな塗炭の苦しみの中で暮らしており、まさに中国人民が彼らを解放し救う日をまっているのだ」と信じる事ができるようになるでしょう>(以上)
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「中国の一般庶民」は、気の毒ながらまったくの無知蒙昧で、「六四天安門」を知っている人はごくわずかだ。習近平の腐敗撲滅が単なる権力闘争であることを知っている人もほとんどいない。残念だが、これが事実だ。
習は「鎖国したい」、でも「膨張したい」、「安定したい」、でも「弾圧しかない」とブレまくっている。習の暴走を止め、革命を一気に促すために中共版の桜田義挙、あるいは安重根の出番だ。毛沢東曰く「政権は銃口から生まれる」。中国の一般庶民は習射殺で覚醒するだろう。出でよ叛逆者。(2014/7/16)
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注)柯 隆(Ka Ryu)氏:富士通総研 経済研究所主席研究員。中国南京市
生まれ。1986年南京金陵科技大学卒業。92年愛知大学法経学部卒業、94年
名古屋大学大学院経済学研究科修士課程修了。長銀総合研究所を経て富士
通総研経済研究所の主任研究員に。主な著書に「中国の不良債」