2014年07月25日

◆習政権、「紅衛兵外交」の惨敗

石  平


本欄は習近平政権の外交政策の特徴を「猪突(ちょとつ)猛進の紅衛兵外交」(2月20日付)と評したことがある。今、このようなむやみな強硬外交が早くも行き詰まりの様相を呈している。

端的に現しているのが、ベトナムとの「石油掘削紛争」の結末である。

5月初旬、中国はベトナムと主権争いが続いている海域で石油の掘削を敢行した。南シナ海の利権拡大を目指して、以前の胡錦濤政権が踏み出すことのできなかった決定的な一歩を、習政権はいとも簡単に踏み出した。

案の定、それがベトナムの猛反発を招いた。両国の公船は掘削現場で対峙(たいじ)・衝突を繰り返し一触即発の状況となった。業を煮やしたベトナム共産党総書記は今月1日、中国との「戦争」にまで言及した。最高指導者の口から出た「戦争」という際どい言葉は、ベトナム側の並々ならぬ決意の表明となった。

石油掘削を強行した中国に対する国際社会の批判も高まった。5月のASEAN首脳会議では参加国が一致して中国の行動への「懸念」を表明。

ケリー米国務長官は「中国の挑戦だ。この攻撃的な行動を深く懸念している」と中国を名指しで批判し、ASEAN諸国と歩調を合わせた。習政権の無鉄砲な蛮行は結局、中国の孤立を招いた。

今月9、10日に行われた米中戦略・経済対話で米国側は引き続きこの問題を持ち出して南シナ海での中国の一方的な行動を強く批判した。

そして同15日、中国政府は突如、紛争海域での石油掘削の終了を発表し、撤収を直ちに開始した。鳴り物入りの掘削の興ざめたような結末だが、タイミングから考えれば、1日のベトナム総書記の「戦争発言」と、9日からの米中対話における米国の態度が背後にあったはずだ。

主権を守るために戦争も辞さないベトナムの決意と、ベトナム側に立った米国の強硬姿勢を前に、こうなることを予想もできなかった習政権は不本意な敗退を余儀なくされた。

中国の外交失敗はそれだけではなかった。習主席が就任以来、米国に対して「新型大国関係の構築」を盛んに持ちかけていることは周知の通りだ。

昨年6月に習主席が米国を訪問し、オバマ大統領との長時間会談に臨んだときには、米国側も彼の「求愛」にまんざらでもなかった。しかしあれ以来1年間、東シナ海上空での防空識別圏の設定、米国へのサイバー攻撃の継続、南シナ海での傍若無人な攻勢など習政権のなりふり構わぬ横暴姿勢を前に、米国の態度が徐々に硬化してきた。

そして前述の米中戦略・経済対話において、米国と中国は重大な国際問題に関してことごとく激しく対立し、対話が実質上の物別れとなった。こうした中で、習主席の熱望する「新型大国関係の構築」も当然ご破算になった。

対話閉幕の当日、中国人民大学教授で国務院参事の時殷弘氏は香港フェニックステレビの番組で「米国は中国の提案した“新型大国関係”を全然受け入れていない。中国は今後最悪の事態に備えるべきだ」と語ったが、中国政府の高位級ブレーンである彼はこの一言をもって、習主席がたくらむ「新型大国関係作り」が米国側に一蹴され、失敗に終わったことをあっさりと認めたのである。

習政権が南シナ海で試みた覇権主義的冒険はベトナムと国際社会からの強い反発を買って失敗しただけでなく、このような冒険的な行為に打って出たことが米国の不信を増幅させ、「新型大国関係作り」に望みをかけた習主席自身の外交戦略をも挫折させた。習主席にとって、まさに元も子もないという惨憺(さんたん)たる結果である。

習政権は今後一体どう出直してくるのか、習政権自体は一体どうなるのか、引き続き注目したいと思う。

産経ニュース【石平のChina Watch】2014.7.24

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【プロフィル】
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。


           
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